キクラゲをクラゲにする魔法
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キクラゲは海のクラゲの仲間ではなく、山に群生する菌類だ。海藻のヒジキと浜辺で育つオカヒジキも別物だ。触感、見た目、名前が似ていても、陸のものと海のものは違う。
北朝鮮の弾道ミサイルなどに海で備えるイージス・システムの陸上版「イージスアショア」の配備断念から、半年がたつ。この間、代替策をめぐる政府・与党の議論では、キクラゲとクラゲを混同したかのような場面が散見される。

代替策は海で展開し、それは新たなイージス艦2隻の投入とする案が有力で、焦点は、イージスアショア全体の「目」になるはずだった購入契約済みの米ロッキード・マーチン社(LM)製のレーダー「
SPY7は米国で配備済みの陸上迎撃システムを基に、陸用に開発中だった。海での実績はない。自衛隊OBには「陸用を海用にすれば、予算が膨らむ。周辺国の変則軌道で極超音速の武器に対応できない」といった異論もある。
自民党国防議員連盟が10月にまとめた「新たなミサイル防衛に関する提言」では、冒頭で「既存の契約品の利活用を自己目的化せずに」と政府にクギを刺している。最後まで契約を争った米レイセオン社製のレーダーシステム「SPY6」よりSPY7の性能が上だとする説明にも、「防衛省の選定では」という書きぶりで、「防衛族」の防衛省に対する不信がにじむ。
米ミサイル防衛局とLMは、SPY7は海でも使えると言い、防衛省の民間委託調査でも技術的に可能としている。ただ、キクラゲをクラゲにする魔法にいくらかかり、どれだけ効果があるのかといった、有権者の理解を助ける情報は、ほとんど伝わってこない。

呼称も、誤解を招く。
SPY6は弾道ミサイル以外の攻撃にも同時に対応できる「目」を持つ。SPY7は遠く広く見える「目」が売りで、当初は同時対応を前提としていなかったようだ。設計思想もメーカーも違うのに、同じSPYだから、ややこしい。
米海軍はSPY6を採用済みで、イージス艦以外の艦船にも使う予定だ。
イージスアショアの導入には、古いSPY1を載せた8隻のイージス艦を何とかやり繰りして「盾」を構える海上自衛隊の負担軽減の狙いがあった。陸なら2基で日本列島全域をカバーするから、海自に余裕ができるとの説明だった。人口減に伴い自衛官も減るとみられる中、その原点も忘れてはならないはずだ。
「政官業」の鉄の三角形が揺らぎ、防衛族、防衛省、メーカーの間で摩擦が起きるのも珍しい。国の厳しい懐事情の中でも、より良い装備を調達しようと知恵をぶつけあっているのなら、立派だ。メンツや利権などが議論をゆがめているのなら、本末転倒だ。
議論が
11月10日に東京都内で行われたシンポジウムで、兼原信克・前国家安全保障局次長は「特定の兵器に集中して議論するのは日本の特徴だ。他国はそんなやり方をしない。『国を守れるのか、守れないのか』から始めなくては」と語った。
同感だ。
キクラゲは漢字で「木耳」と書く。正確な情報を公正に示し、多くの人の意見に「耳」を澄ませることで、よい「目」は育つ。