説明しないリーダー、「なおミ」の懸念

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編集委員 伊藤俊行

 大リーグの大谷翔平選手に本塁打や勝利投手が記録されると、称賛のSNSの末尾に「なおエ」の3文字が記されることがある。

 「なお、エンゼルスは敗れました」

 二刀流の輝きがチームの躍進につながらないもどかしさ。あれほどの選手がいても、1人では長いシーズンを勝ち抜けない。

 野球に限ったことではない。新型コロナウイルスとの長びく戦いもそうだ。

 危機に遭うと、人は強いリーダーシップを求める。そんな時、村上陽一郎・東京大学名誉教授が説くような、未曽有の事態に「ベスト(最善)を求めることは誤り」と心得て、「ベター(まし)」でよしとする発想にはなりにくい。だから、1人に何もかもを負わせずに皆で支え、従うフォロワーシップを見失う。

 2001年の米同時テロ発生の3日後、ニューヨークの世界貿易センタービルのがれきの上でジョージ・W・ブッシュ大統領は拡声機を手に、報復と団結を訴えた。テロ前は51%だった支持率は90%(ギャラップ社調べ)に達し、大統領はアフガニスタン攻撃やイラク戦争に踏み切った。

 7年を過ぎて政権末期の支持率が25%に落ちた理由を3文字で示すなら、「なおイ」(なお、イラクで大量破壊兵器は見つかりませんでした)だろうか。開戦時に支持率を71%に再浮上させた世論の熱はすぐに冷め、リーダーシップへの失望ばかりが募った。

 あれから20年、今の米社会の分断は、リーダーへの過剰な期待と、反作用としての大きな失望にも原因があったように思える。

 先月、「なおセ」(なお、過去のセクハラ疑惑がばれました)でニューヨーク州知事を辞任したアンドリュー・クオモ氏も、コロナ対応を絶賛された時期があった。丁寧で自信に満ちた語り口が響いたからだ。

 危機でリーダーの言葉に力が宿り、英雄視されることはしばしば起きる。虚像でも、短期間でも。その点、菅義偉首相は違った。

 定評のあった危機対応への期待で就任時は74%もあった内閣支持率(読売新聞調べ)が先月には35%に落ち、自民党総裁選への出馬断念に至るまで、その言葉は響かないままだった。

 「結果を出せば文句ないだろう」とばかりに説明を嫌い、言葉が上滑りする。虚像も不幸だが、国民が共感できず、頼ろうとも、支えようと思わない状態も危うい。1人でも勝てると過信していたのだろうか。

 総裁選に挑むと表明した岸田文雄・前政調会長は、コロナ対応では国民の「納得」が大切だと訴える。党全体がこの課題に向き合わないと、誰が「ポスト菅」になっても「なおジ」(なお、自民党は敗れました)となりかねない。

 新著「暴走するポピュリズム 日本と世界の政治危機」(筑摩選書)で有馬晋作・宮崎公立大学学長は、コロナ禍での政府や政治への不満の底にある「政治家は自分」ばかりで、国民を「真剣に考えていない」という意識の高まりを懸念した。この意識が、権威主義的な右派ポピュリズムや格差是正を掲げた左派ポピュリズムの台頭につながる恐れがあるとの警鐘だ。

 欧米は大衆迎合や大衆扇動のポピュリズムで、民主主義が権威主義に劣るとまで言われる道をたどった。ベストを求める風潮も、説明しないリーダーへの反発も、その道につながる。

 総裁選が、ベターを認め、1人に押しつけず、フォロワーシップが大事だと、政党も国民も自覚できるきっかけになっていかないと、その反動が怖い。

 SNSの末尾に「なおミ」(なお、民主主義は敗れました)と記される世界は、見たくない。

プロフィル
伊藤 俊行( いとう・としゆき
 編集委員。1964年、東京生まれ。四半世紀も政治を取材しながら、いまだ分からないことばかりの世界と格闘中。ワシントン特派員、国際部長、政治部長を経て2020年6月から現職。草サッカーチーム「鰯クラブ」で一緒にプレーした俳優、故・大杉漣さんが体現していた「あるがままに」の生き様が目標。
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使い方
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