ウクライナ侵攻、人は残酷で愚かな存在か…戦下に願う「思いやる勇気」

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

編集委員 山口博弥

 ロシアがウクライナに軍事侵攻して、4か月以上が過ぎた。

 ロシア国防省の報道官が「戦果」を誇らしげに発表する映像を見ると、チャップリンの映画「殺人狂時代」(1947年)の主人公のセリフが頭に浮かぶ。

 「1人を殺せば悪党だが、100万人を殺せば英雄」

戦闘により破壊された建物のそばでたたずむ女性(2022年6月、ウクライナ・キーウ近郊で)
戦闘により破壊された建物のそばでたたずむ女性(2022年6月、ウクライナ・キーウ近郊で)

 人はそんなに残酷で、愚かな存在なのか。希望はないのだろうか――。私は、自宅の書棚からある本を引っ張り出し、読み直した。

 「ユダヤ人を命がけで救った人びと」(キャロル・リトナー、サンドラ・マイヤーズ編、河出書房新社)。ナチスによる支配下で、死の危険を顧みずにユダヤ人の命を救った〈非ユダヤの一般市民たち〉がいた。その記録集である。

『ユダヤ人を命がけで救った人びと』(キャロル・リトナー、サンドラ・マイヤーズ編、河出書房新社)
『ユダヤ人を命がけで救った人びと』(キャロル・リトナー、サンドラ・マイヤーズ編、河出書房新社)

 ドイツに占領されていたフランスのパリ。アパートの2階に住むユダヤ人の母子は早朝、管理人のマダム・マリーにたたき起こされた。「あいつらが来るよ!」。2人はマリーの1階の部屋に行き、掃除道具入れの戸棚に押し込められた。

 警察の捜索隊が来ると、マリーは〈ゴシップ好きのユダヤ人嫌い〉を演じながら、大量のワインでもてなした。「あの人たちは田舎へ行ってしまったよ」。捜索隊は2階も確認せずに帰った。直後、母子はマリーの夫の手引きで安全な場所へ逃げることができた。

 ウクライナでドイツの鉄道敷設計画に関わった建設技師のヘルマン・グレーベは、会社の従業員として雇うなどして300人以上のユダヤ人を救った。

 協力したのはユダヤ人の女性秘書。始まりは、ユダヤ人の虐殺を知ってショックを受けたグレーベから、こう言われたことだった。

 「一晩中考えていた。何かしなければ、と思う。だが(中略)、1人では何もできない。だから手伝ってくれるかね」

 ナチスに夫を銃殺され、「二度と感情など持てないだろう」と思っていた彼女は、その時、一条の光を見た気がした。

大西秀樹・埼玉医大国際医療センター教授
大西秀樹・埼玉医大国際医療センター教授

 この本を私に紹介してくれたのは、20年近く取材でお世話になっている埼玉医大国際医療センター精神腫瘍科教授の大西秀樹さん(62)。がん患者の心をケアする精神科医だ。

 「人としての行動規範や医師としての知恵を学んだ。人生を変えた一冊です」

 マダム・マリーからは、「思い立ったらすぐに行動する」「知恵を働かせ、できることをやる」ことを学んだ。グレーベからは「心の底から発せられた誠実な言葉は、傷ついた人の心を救う」と教えられた。

 人間の強さ、も感じた。

 「悪」は暴力で人を痛めつけるが、精神をも完全に支配することはできない。同様に、がんは体をむしばんでも、心までは侵せない。僕らの仕事は、人が元々持っているレジリエンス(逆境における回復力)を引き出すお手伝いをすること――。そう確信した。

残り:617文字/全文:2150文字
読者会員限定記事です
新規登録ですぐ読む(読売新聞ご購読の方)
スクラップは会員限定です

使い方
3117364 0 広角多角 2022/06/27 11:22:00 2022/06/27 11:22:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/06/20220626-OYT8I50000-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)