[論点スペシャル]ダウンロード規制の拡大 波紋

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 著作権侵害コンテンツのダウンロード規制を拡大する著作権法改正方針が波紋を広げている。もともと被害が深刻化する海賊版サイト対策として浮上したものだが、全ての著作物を対象としていることから「ネット利用を萎縮いしゅくさせる」「文化の発展を阻害する」などの懸念も出ている。著作権法研究の第一人者や漫画家に聞いた。

 

規制内容は?

 ネット上で著作権侵害コンテンツをダウンロードするユーザーの行為への規制。現在、音楽と映像については、違法著作物と知りながらダウンロードする行為は私的使用目的でも著作権法で違法とされ、有償著作物の違法ダウンロードは刑事罰の対象。今回はこれを漫画などの静止画や文章、プログラムなど全ての著作物に広げる。

 SNSやブログの記事を保存する行為も、その一部に違法な表現やイラストなどが含まれていれば違法になる可能性がある。今国会で改正法案が提出される予定だが、静止画や文章の場合、ユーザーへの影響が大きいことから、刑事罰となる対象を反復継続した悪質なケースに限り、二次創作物も除外するなどの方向で調整が進んでいる。

 100人超の著作権法の研究者らや、日本漫画家協会、日本マンガ学会、日本知的財産協会、情報法制研究所などが懸念を表明。コンテンツ海外流通促進機構は、政府案を評価している。

 

適度な著作権保護 不可欠…東大教授 大渕哲也氏

 おおぶち・てつや 専門は知的財産法。東京高裁判事などを経て現職。ハーバード大と東京大で法学博士号を取得。文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会主査代理。59歳。
 おおぶち・てつや 専門は知的財産法。東京高裁判事などを経て現職。ハーバード大と東京大で法学博士号を取得。文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会主査代理。59歳。

 今回の著作権法改正を巡る議論のポイントの一つは、国民の日常的行為に法の網がかかることの是非だろう。私的領域での「行動の自由」は重要であり、著作物の私的使用目的の複製を認めてきた同法30条1項はもちろん重要と私も考えている。だが、それは適法なソースからの複製が大前提だ。極論でない証拠に、日本と同じように私的複製を認めているドイツやフランスなどでも、ダウンロードの対象は違法な侵害複製物でないことが要件とされている。これが国際標準だ。ちなみに対象は著作物全般であり、映像と音楽に限っているような国はない。

 それでも今回の改正が文化の発展を阻害すると主張するなら、その人たちは、既にそのような法制下にある独仏でインターネット利用の萎縮いしゅくが起きていることを立証するか、独仏で起きないことが日本で起きるとする理由を説明するべきではないか。

 しかも、今回の改正では「主観要件」が明確化され、侵害複製物と知らなかった場合や法的な錯誤があった場合は違法とならないことが明記される。例えば「酒に酔って人の家と気づかなかった」「他人の家に侵入することが罪になると思わなかった」と釈明しても、他人の住居に勝手に入れば住居侵入罪だ。ところが今回の改正は「人の家と気づかなかった」「罪になると思わなかった」と言えば違法とならないようなもので、ネットユーザーへの配慮が過剰と言われることがあっても、配慮不足とはとても評価できない。

 漫画界などには、創作のヒントを得るためネットからダウンロードするものに侵害複製物か判然としないものが含まれているとして、改正を不安に思う声があるという。だが今述べた主観要件により、判然としない場合は違法とならない。懸念の大半は、主観要件に関する理解が進めば解消するはずのものだ。

 「権利者の利益を不当に害する場合」に限定するよう求める意見があるのも承知している。しかし、それは誰が判断するのか。裁判所が判断するとして、訴えてみないと分からないということになれば、それでなくても訴訟手続きを尻込みする人が多いこの国で泣き寝入りする人がさらに増えるのではないか。私は今回の改正は最大限の配慮がされていると思っている。

 文化の発展に、あらゆる規制は邪魔と言わんばかりの人もいるようだが、私は違うと思う。著作権法の1条に「権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」とあるとおり、次世代のクリエイターが育つ基盤を維持するためにも、適度な権利の保護は不可欠なのではないだろうか。(文化部 十時武士)

 

利用者の「知る権利」守れ…東大名誉教授 中山信弘氏

 なかやま・のぶひろ 専門は知的財産法。弁護士。日本学士院会員。主著に「著作権法」「特許法」など。73歳。
 なかやま・のぶひろ 専門は知的財産法。弁護士。日本学士院会員。主著に「著作権法」「特許法」など。73歳。

 今回の問題では、100人超の著作権法の研究者らが緊急声明を出した。文化庁の方針にこれほど多くの専門家が異議を唱えるのは異例のことで、問題の根深さを示している。

 海賊版サイトの被害は深刻で、緊急の対策が必要であることに異論はない。しかし、それに限定せず、すべての著作物を対象に投網をかけるような立法は好ましくない。刑事罰だけでなく民事的にも、原作を利用して創作した「二次創作物」を対象から外し、「権利者の利益を不当に害する場合」に絞ることは最低限必要だろう。

 特に懸念されるのが、著作権者の権利とユーザーの知る権利のバランスを崩し、立法目的である「文化の発展」を阻害するのではないかという点だ。

 著作権法はもともと、個人の私的な利用であれば著作者の許諾なしでも複製を認めてきた。それは、権利者の被害が小さいという理由だけではなく、個人の私的領域内での活動の自由を保障するという大きな目的もあるはずだ。だが、文化庁の見解では前者のみが強調され、後者の価値を過小評価しているように見える。個人が多くの著作物に手軽に触れることができるからこそ自らを豊かにし、社会や文化を発展させるのだ。

 どこまでが著作者の権利で、ユーザーの利用禁止区域になるかの線引きは、時代の要請など様々に勘案して決めるべきこと。そのためには十分な議論が必要で、緊急措置としては海賊版サイトの規制だけにとどめるべきだ。ネット時代を迎え、著作権の世界におけるプレーヤーは大きく変化している。かつて著作物は一部の「プロ」が創作し、一般人はそれを享受するという一方通行だったが、今や一億総クリエイターの時代だ。共有されることに喜びやメリットを感じる権利者も増えていて、合法と違法の著作物が混然一体となって区別がつきにくい時代だ。

 一方、現在の著作権法は19世紀以降、基本的な骨格は変わっておらず、現状に対応できていない。この状況下で、著作権を強化しようとする動きと、ネットの自由を求める動きが世界中でしのぎを削っているのが実態だ。

 だが、安易に権利強化に走れば、息苦しい社会を作りかねない。我々は多数の著作物に囲まれて生きており、全く違法ではない状態で文化活動や経済活動を行うことは難しい。そして刑事罰がある以上、その威嚇効果は強い。2014年に人気漫画の作中に無許可でゲームキャラクターを登場させたとして作者らが書類送検された事件は、侵害にあたるかは疑わしい内容だったが、作者は2年の休載を余儀なくされた。

 国民の日常的な行為に違法の網をかければ、真面目な人にはネット利用への萎縮いしゅくを招き、そうでない人にはモラルハザード(法の弛緩しかん)を招くだろう。(編集委員 若江雅子)

 

海賊版超えるビジネスを…漫画家 赤松健氏

 あかまつ・けん 代表作に「ラブひな」「魔法先生ネギま!」など。絶版漫画の無料サイト「マンガ図書館Z」の運営にたずさわる。50歳。
 あかまつ・けん 代表作に「ラブひな」「魔法先生ネギま!」など。絶版漫画の無料サイト「マンガ図書館Z」の運営にたずさわる。50歳。

 「誰が頼んだよ、こんなの……。」というツイッターのつぶやきが、大きな反響を呼んでいる。これは「のだめカンタービレ」などで知られる人気漫画家の二ノ宮知子さんが、文化審議会著作権分科会で今回の改正方針が了承された直後に投稿したものだが、同じ漫画家としてその思いは痛いほど分かる。

 もちろん海賊版サイトの被害は深刻で、私たち漫画家の権利を守るために政府が様々な対策を講じようとしてくれることには感謝しているが、今回の規制は過剰だと感じるし、日本の漫画文化を弱体化させることにならないか危惧している。

 まず、我々の創作活動には大きな影響が出るだろう。例えば、私のパソコンの中には、ネット上で探してきた大量のイラスト画像が保存されている。中には違法著作物もあるかもしれないが確認のすべはない。他人の作品を下絵にして練習したり、着想を得たりして漫画家は育っている。先人の模倣から新しい文化は生まれるのではないか。

 文化庁の検討会議で報告された「事務局としての考え方」には、こうした声に対して「複製した後、価値ある創作活動が行われ得るといった理由により(違法行為を)正当化することには疑義がある」と記されていた。創作のための活動の実態をもう少し知ってほしい。

 私はコミケ(コミックマーケット)出身で、二次創作から新しい漫画が生まれていく現場をこの目で見てきた。日本漫画家協会などが二次創作のダウンロードを民事、刑事とも対象から外すよう求めているのは、こうしたグレーな部分こそが「文化のゆりかご」と考えるからだ。

 著作権を巡る問題には、権利者と文化の担い手の両方の視点とバランスが必要なはずで、漫画家はまさに双方の視点をもつ立場。今回、文化庁の検討会議の委員に漫画家は一人も入っていなかった。声を聞いてもらえなかったのは残念だ。

 インターネット時代になり、漫画の読まれ方も変わっているのだから、ビジネスも変えていく必要があるはずだ。一番の対策は海賊版サイトを超える魅力的なビジネスを作り出すことではないか。例えば、1月に集英社がウェブ上で開始した英語版の漫画の無料公開サービス。広告収入モデルで、一部は作家に還元される。無料の正規版サイトがあれば、海賊版の運営は成り立たなくなるだろう。海賊版対策になり、かつ海外に日本の漫画ファンを増やすことができる素晴らしい取り組みだ。

 イソップ寓話ぐうわの「北風と太陽」ではないが、規制の徹底強化ばかりではなく、時代に応じてサービスを見直し育てるということも大切で、両方の組み合わせこそが有効な海賊版対策となるのではないだろうか。(編集委員 若江雅子)

469316 1 解説 2019/03/02 05:00:00 2019/03/02 05:00:00 2019/03/02 05:00:00 インタビューに答える、東京大学法学部の大渕哲也教授(27日、東京大学で)=吉川綾美撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190301-OYT8I50051-T.jpg?type=thumbnail

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