終わらぬ夏<番外編>「命のビザ」軍人の人道…明治学院大名誉教授 樋口隆一さん(74)

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

ひぐち・りゅういち 東京生まれ。慶応大学大学院文学研究科修了。西ドイツのテュービンゲン大で博士号。音楽学者、指揮者として活躍。「バッハ探究」「マタイ受難曲」などの著書、CD多数(明治学院礼拝堂で=鈴木竜三撮影)
ひぐち・りゅういち 東京生まれ。慶応大学大学院文学研究科修了。西ドイツのテュービンゲン大で博士号。音楽学者、指揮者として活躍。「バッハ探究」「マタイ受難曲」などの著書、CD多数(明治学院礼拝堂で=鈴木竜三撮影)

 西洋音楽史の研究者として著名な樋口隆一・明治学院大学名誉教授が、祖父で陸軍中将だった樋口季一郎きいちろう氏の生涯を追っている。隆一氏はユダヤ人難民救済や占守シュムシュ島の防衛戦など、今の時代だからこそ振り返る意義があると語った。(編集委員 三好範英)

ユダヤ人救済 祖父の信念/戦後の戦闘 ソ連侵攻阻止

 満州経由

 祖父は軍人時代は世界各地に赴き、戦後は一切公職に就かず1970年に死去しました。戦後の一般的な意識では軍人と人道主義は結びつきませんが、祖父が満州国のハルビン特務機関長時代、ユダヤ人難民を救出したことは少しずつ知られるようになりました。

 〈1938年(昭和13年)3月、満州(現中国東北部)北西部のソ連国境のオトポール駅に、ナチスドイツなど欧州での弾圧を逃れ、シベリア鉄道などでやってきたユダヤ人難民が満州入国を求め押し寄せた。酷寒の地に留め置かれたユダヤ人たちは、人道的に悲惨な状況に置かれた〉

 ハルビンのユダヤ人有力者から助けを請われた祖父はビザ発給を満州国外交部に対して求めました。特務機関は諜報ちょうほうや謀略活動を担う陸軍の組織で、ハルビン特務機関は満州国で大きな権力を持っていました。祖父の働きかけの結果、一説には2万人ともいわれるユダヤ人が、主に満州国から大連や上海、そして米国などに逃れることができました。

残り:2883文字/全文:3661文字
読者会員限定記事です
新規登録ですぐ読む(読売新聞ご購読の方)
無断転載・複製を禁じます
1418587 0 解説 2020/08/19 05:00:00 2020/08/19 11:01:04 2020/08/19 11:01:04 戦後企画用、音楽学者、指揮者、明治学院大名誉教授の樋口隆一さん(17日、東京都港区の明治学院大で)=鈴木竜三撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200818-OYT8I50065-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ