「竹島で幕府の許可得て漁」江戸期の文書を寄贈

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鳥取藩が大谷家に鬱陵島への渡航を許可した「往来切手」(15日、松江市の島根県竹島資料室で)
鳥取藩が大谷家に鬱陵島への渡航を許可した「往来切手」(15日、松江市の島根県竹島資料室で)

 島根県は15日、江戸時代前期の17世紀から鳥取県米子市の商家「大谷家おおやけ」が竹島(韓国名・独島)で漁をしていたことを記した「大谷家文書」など竹島関連の資料653点について、大谷家の関係者から寄贈を受けたと発表した。島根県は「古くから日本人が竹島で活動していたことを裏付ける資料」としており、今後、詳細な調査を進める。

 県によると、大谷家は廻船業かいせんぎょうを営み、1617年(元和3年)に船が遭難した際、竹島の北西約88キロにある鬱陵島ウルルンド(韓国領)に漂着。以後、米子市の商家「村川家」とともに幕府の許可を得て、竹島を中継して鬱陵島に行き、アワビ漁やアシカ猟を行っていたとされる。

 寄贈された資料は、大谷家に残された江戸期以降の文書553点や、文書が収められていた箱17点など。外務省が1950年代に調査し、研究者の間では存在が知られていたが、調査後は個人宅に保管されていた。

 文書には、1679年(延宝7年)、大谷家が竹島と鬱陵島で取れた干しアワビを売ったことを示す書状、鳥取藩が1694年(元禄7年)、大谷家に鬱陵島への渡航を許可した「往来切手」、幕府の役人に竹島への往来切手の発行を求めた書簡などが含まれる。大谷家の歴代当主が残した記録「大谷家由緒実記」にも、竹島で漁を行っていた記載があるという。

 県の研究組織「竹島問題研究会」の座長を務める下條正男・拓殖大教授(日本史)は「日本がどのように竹島にかかわったのか考える材料になる」と話す。今後、研究会で具体的な調査を行うほか、県が文書の翻訳やデータベース化を行う。

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32191 0 エンタメ・文化 2019/01/16 12:42:00 2019/01/21 12:28:19 2019/01/21 12:28:19 鳥取藩から大谷家に出された往来切手 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190116-OYT1I50021-T.jpg?type=thumbnail

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