[読売文学賞の人びと]<2>「移動文学」の視点生かす…随筆・紀行賞「外地巡礼『越境的』日本語文学論」 西成彦さん 64

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長沖真未撮影
長沖真未撮影

 フランス文学、ドイツ文学、ロシア文学など、海外文学には様々なくくり方があるが、この人の場合は――。

 「『ナントカ文学』(という分類)に収まらない隙間産業みたいなものだけをやっている。そういう微妙な立場の人間の日本語文学批評に一定の評価をいただき光栄だ」。移民や亡命など広域的な人の移動を背景にした「移動民の文学」(移動文学)。その専門家らしいユーモアを交えながら、顔をほころばせた。

 受賞作は、戦前の旧植民地から、北海道や沖縄、南北アメリカの移住地までを念頭に「日本語使用者が非日本語との不断の接触・隣接関係を生きるなかから成立した文学」を「外地の日本語文学」と定義することで、移動文学の視点を日本にも導入できることを論証した。この指摘により森鴎外の『舞姫』のような作品までもが新しい色彩を帯びる。日本語文学史の再解釈につながる試みだ。

 この作品に至るまでの著者の歩みも回遊魚のようだ。

 大学生の頃、ポーランド人作家・ゴンブローヴィチにひかれた。研究したいが当時はポーランド文学を掲げる専攻がなく、「やるには比較文学専攻に進むしかなかった」。

 ところが、ポーランドに留学するうちに、あることに気づく。一口にポーランド文学と言っても、ポーランドに住んでポーランド語で書く作家もいれば、他の言語で書く作家もいて、国外でポーランド語で書く作家もいる。ゴンブローヴィチも実は亡命作家。移動文学との出会いだった。

 時代も背中を押した。1990年代から、越境文学、ボーダーレス文学など、呼び方は様々だが、国のくくりから離れた文学観が徐々に広がっていった。「僕の次の世代は、フランス文学者ではなく(フランスの旧植民地の文学なども含めた)フランス語圏文学者、英文学者ではなく英語圏文学者であることが多い」

 そして「この図式を日本に持ってくればどうなるか。それがこの本の発想のおおもとだった」と振り返る。

 発想だけでなく、筆致も自由自在だ。特にフェイスブックの連載を基にした日記風の文体は独特の読み味がある。「ゴンブローヴィチがアルゼンチンに亡命していた時代、パリの文芸雑誌に日記という形で長い間、連載していた。それをまねしました。確かにこちらの方が自由に書ける」

 気づけば、ポーランドから始まった旅路は、東欧系ユダヤ人のイディッシュ文学、カリブ海で多言語が混成して生まれたクレオール文学などを経て日本にたどり着いていた。「自分も相当世界を巡り歩いたなあ」と苦笑する。この旅はまだまだ終わりそうにない。(文化部 十時武士)

 

近代日本の原点を問う…評論・伝記賞「バテレンの世紀」 渡辺京二さん 88

久保敏郎撮影
久保敏郎撮影

 1853年、ペリーが来航し、開国を求めた時、天と地が引っ繰り返ったような騒動だったという。見も知らぬ異邦人が侵略に来たとおののいた。西洋との接触は、実はそれが初めてではなかったわけだが……。

 「江戸の人はかつて西洋と親密に交わったことを全て忘れてしまっていた。そんな夢か幻のようにされた時代を物語ってみたかった」

 受賞作は、ファースト・コンタクトである、1543年のポルトガル人の種子島漂着から、1639年の最後の「鎖国令」までの約100年にわたる通史だ。それは、キリスト教、いわゆる「バテレン」を受容した世紀であった。

 「執筆できたのは、戦後のキリシタン史学の優れた研究成果のおかげ」と語る。宣教師たちは西洋と日本の文明を対等とみなし、信仰が長く続く国民性だと確信した。しかし、宣教の背後にあった〈世界一元化のダイナミクス〉が恐れられ、禁教令に至ったのではないかとみる。しかもその思考様式の違いは、今も意識せざるをえない課題だとも。

 物語を彩るのは、当時の人間たちの豊かなエピソードだ。例えば禁教令後もしばらくは、信者を救おうとした役人や民衆がいた。変装して白昼の町を出歩いていた宣教師たちもいた。歴史を生きた人々をとらえる目は、『プルターク英雄伝』などの歴史物語に魅せられた少年の頃のままだ。

 生涯をかけて、近代文明のあり方を問い続ける。最終的には、幕末から明治に至る「維新史」を執筆するつもりだ。ただその前提に目を配るうち、外国人の見聞録から江戸時代末を描いた『逝きし世の面影』、18~19世紀の日露、アイヌの関係を見つめた『黒船前夜』、そして受賞作へと時代を遡ることになった。膨大な文献を渉猟する日々が続く。「僕は頭は良くないけれども、強さはあると思うんだ」

 歴史叙述を始め、思想追求や文明批評、文学案内など、まさに「知の巨人」と呼ぶにふさわしい執筆ぶりだが、そう評されるような生き方ではないと言う。「社会に貢献したなんてことは一度もない。ただ本を読んできただけ。自分がどう生きたらいいか、娑婆しゃばがどうあってほしいかを考えながら。だから一生、書生だと思う。受賞は、そんな僕を世間が許容してくれたようで、ありがたいこと」

 それ故に、これは誰かに伝えたいと思う。「社会に必要とされてないと悩む人がいるが、窮屈に考える必要はどこにもない。僕がそうであるように、いろんな生き方ができる。世の中は、本当に広大なんだ」(西部本社文化部 右田和孝)

423570 1 エンタメ・文化 2019/02/05 05:00:00 2019/02/05 05:00:00 2019/02/05 05:00:00 インタビューに答える立命館大学大学院先端総合学術研究科の西成彦教授(28日、京都市北区で)=長沖真未撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190204-OYT8I50105-T.jpg?type=thumbnail

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