造語「団塊の世代」…作家・堺屋太一さん死去

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本紙のインタビューに答える堺屋太一さん(2018年11月、東京都新宿区で)
本紙のインタビューに答える堺屋太一さん(2018年11月、東京都新宿区で)

 「団塊の世代」という言葉の生みの親として知られる作家・経済評論家で、経済企画庁(現内閣府)長官も務めた堺屋太一(さかいや・たいち、本名・池口小太郎=いけぐち・こたろう)さんが8日、多臓器不全のため死去した。83歳だった。告別式は17日午後1時から、東京都港区南青山2の33の20青山葬儀所。喪主は妻で洋画家の池口史子(いけぐち・ちかこ)さん。

 大阪市生まれ。東大卒業後、1960年に通商産業省(現経済産業省)に入省し、大阪万博や沖縄海洋博の企画を手がけた。執筆を担当した62年版通商白書では、工業国同士が貿易を活発化させることで互いに発展する「水平分業論」を発表し、世界的に注目を浴びた。75年に石油を断たれた日本を描いた小説「油断!」で作家としてデビュー、ベストセラーとなった。76年の小説「団塊の世代」の題名は、戦後のベビーブーム世代を示す用語として定着した。

 78年に退官後は、作家・評論家に専念。「知価革命」(85年)などの経済評論のほか、「峠の群像」「秀吉」といった歴史小説も発表した。

 98年には小渕内閣の経済企画庁長官に民間から登用され、2000年の森内閣まで務めた。タクシー運転手らに景況感を尋ねて実態を探る「景気ウォッチャー調査」を発案するなど、ユニークな政策を導入した。

 大阪府知事や大阪市長を歴任した橋下徹氏の政策ブレーンとして、大阪都構想などを後押しした。12年に旭日大綬章。25年国際博覧会(大阪・関西万博)の誘致活動でも、開催機運を高めるPR役を担った。

 関係者によると、堺屋さんは1月上旬に体調を崩して東京都内の病院に入院し、心臓の手術を受けたという。

438351 1 エンタメ・文化 2019/02/11 05:00:00 2019/02/11 05:17:16 2019/02/11 05:17:16 1970年の大阪万博の企画を担当した、元経済企画庁長官の堺屋太一さん。東京都新宿区で。2018年11月2日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190210-OYT1I50049-T.jpg?type=thumbnail

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