弥生後期に鉱山開発か…最古の坑道跡を確認

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若杉山遺跡で確認された弥生時代後期の坑道跡の内部(徳島県阿南市で)=阿南市提供
若杉山遺跡で確認された弥生時代後期の坑道跡の内部(徳島県阿南市で)=阿南市提供

 徳島県阿南市の若杉山遺跡で、弥生時代後期(3世紀)に赤色顔料(水銀朱)の原料となる鉱石・辰砂しんしゃを採掘した坑道跡を確認したと、市と県教育委員会が1日、発表した。これまで最古とされてきた山口県美祢みね市の長登ながのぼり銅山跡の坑道(8世紀)を約500年さかのぼり、国内最古の坑道という。

 坑道跡は太龍寺山たいりゅうじざん(標高618メートル)の中腹の斜面にあった横穴。全長12・7メートル、高さ0・7~1・2メートル、幅3メートル。2017年の調査で、内部から辰砂の原石や、辰砂の精製に使った石器(石杵いしきね)などが出土。坑道跡とわかり、阿南市などが時期を精査していた。今回、出入り口から約3メートルの場所で、弥生時代後期の土器の破片5点が見つかり、同時期にさかのぼると判断した。

 若杉山遺跡からはこれまで大量の石器や原石などが出土し、弥生時代後期から古墳時代初期では国内唯一の辰砂採掘遺跡とされてきたが、採掘場所は特定されていなかった。赤色は古代、魔よけなどの意味を持つと考えられており、弥生時代から古墳時代、水銀朱が石室や木棺内などに大量に使われた。ここで採れた辰砂が、近畿などに運ばれたとみられる。

 大久保徹也・徳島文理大教授(考古学)の話「弥生時代には、地表に露出している鉱石を採取していたと考えられていたが、鉱山開発を手がけていたことになる。鉱脈を探し、坑道を掘るには高度な技術が必要となり、弥生時代のイメージを変える発見だ」

468847 1 エンタメ・文化 2019/03/01 15:00:00 2019/03/01 18:52:53 2019/03/01 18:52:53 若杉山遺跡の坑道の内部=提供写真撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190301-OYT1I50044-T.jpg?type=thumbnail

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