飛鳥時代の藤原京に60メートルの運河跡…「都の造営過程わかる発見」

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藤原京造営時に資材を運搬したとみられる運河跡(手前、作業員の付近)。奥には削られた古墳があった(いずれも橿原市で)
藤原京造営時に資材を運搬したとみられる運河跡(手前、作業員の付近)。奥には削られた古墳があった(いずれも橿原市で)

 飛鳥時代に造営された日本初の本格的な都城・藤原京(694~710年)内にある奈良県橿原市の四条遺跡で、都を造る際に建築資材を運んだとみられる長さ約60メートルの運河跡が出土し、県立橿原考古学研究所が4日、発表した。周囲は新たに見つかった古墳を壊して整地したとみられ、同研究所は「都の造営の過程が具体的にわかる発見だ」としている。(原田和幸)

 藤原京の中心にある藤原宮跡の約1・5キロ西側で、4月から約3000平方メートルを調査。藤原京の東西を横切る道路「四条大路」の南側で、平行して延びる運河跡(長さ約60メートル、幅約5メートル、深さ約0・9メートル)が出土した。隣接した昨年の調査区で見つかった運河跡と合わせると計約110メートルに及ぶ。溝を埋めた後に地ならしをし、直角に交わる南北の道路(幅約7メートル)を整備したことも判明した。

 物資を運んだとみられる運河は、天皇が政治や儀式を行った藤原宮大極殿院でも、南北を貫くように見つかっている。三重大の小沢毅教授(考古学)は「藤原宮の運河は藤原京全体の南北の中央を通り、今回の運河は藤原京の東西の中央を通っているのが興味深い。真ん中に運河を通すことに意味があったのだろう」と指摘している。

     ◇

円墳の周濠から出土した馬形埴輪
円墳の周濠から出土した馬形埴輪

 調査区の南側では、古墳時代後期(5世紀末~6世紀初め頃)の周濠しゅうごう(幅約4メートル)を巡らせた円墳(直径約25メートル)を確認した。北西側に祭祀さいしを営む突出部「造り出し」(長さ約4メートル)もあり、近くの周濠から馬形の埴輪はにわや円筒埴輪も出土した。

 四条古墳群では14基目の古墳で、約30メートル北側にある同時期の1号墳(方墳、1辺約30メートル)よりも一回り小さい。木製品が発見されておらず、被葬者の地位の差を表しているとみられる。墳丘は削られて残っておらず、藤原京造営時に墳丘の土を整地に利用したと考えられる。

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832004 0 エンタメ・文化 2019/10/06 11:23:00 2019/10/06 14:28:49 2019/10/06 14:28:49 藤原京造営時に資材を運搬したとみられる運河(手前)。奥には削られた古墳があった(橿原市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191005-OYT1I50034-T.jpg?type=thumbnail

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