「領民思いの城主」「当代きっての教養人」…光秀、名付け親の街では今も「神」

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 主君を討った裏切り者、「三日天下」の敗者……。何かとマイナスのイメージがつきまとう明智光秀だが、街の名付け親となった京都府福知山市では異なる。統治はわずか3年ほどながら、領民思いの城主、当代きっての教養人とされている。市の花は明智家の家紋「()(きょう)」。400年を経てもなお、その花言葉のように、街は「永遠の愛」に包まれている。

足跡 音頭に歌われ

 明智光秀丹波をひろめ ひろめ 丹波の福知山――。

 築城時に領民が口にしたという「ドッコイセ」のかけ声で知られる福知山音頭には、光秀の足跡が歌われている。丹波攻めに入った光秀は1579年、中世の横山城を改修し、「福智(知)山城」と命名。城下町を整え、地子銭(税金)を免除した。由良川の水害に備えた堤防は「(あけ)()(やぶ)」として名残が見える。

由良川の「明智藪」(左手前、福知山市で)
由良川の「明智藪」(左手前、福知山市で)

 市内にある御霊神社は、光秀を神としてまつる。没後100年以上たった江戸時代の1705年、領民の願いで(ごう)()されたと言われており、光秀が定めたとされる明智軍の規律などを記した「家中軍法」が伝わる。

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1201198 0 エンタメ・文化 2020/05/03 08:37:00 2020/05/03 13:53:37 2020/05/03 13:53:37 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/04/20200430-OYT1I50051-T.jpg?type=thumbnail

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