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謎多き武将・明智光秀を追う

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 NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公・明智光秀は主君・織田信長を討ちました。天正10年6月2日(西暦1582年6月21日)の「本能寺の変」です。よく知られていない前半生、成算が確かではない謀反など、謎が多い武将ですが、何者だったのでしょうか。読売新聞オンラインが公開してきた動画と記事で、光秀や戦乱の世に思いを巡らすのはいかがでしょうか。まずは、動画からご覧ください。(見出しや写真をクリック

空から東海百城 「岐阜城」 岐阜市

 岐阜市の金華山(329メートル)の山頂にある山城で、眼下に長良川が流れています。「麒麟がくる」では光秀が仕えた斎藤道三が「稲葉山城」として居城にしていました。1567年に攻略した織田信長が現在の名称に改めました。現在の城は1956年、完成しました。

北陸大紀行「山城」【3】 一乗谷城(福井市)

 越前の戦国大名・朝倉氏は山に一乗谷城を、麓に城下町を築きました。町は「北陸の小京都」とまで呼ばれましたが、その後、城主の義景(よしかげ)は織田信長に攻められ、自害に追い込まれました。「麒麟がくる」では、光秀は斎藤道三亡き後、美濃から逃れ、義景にかくまわれました。

「福知山城 晩秋の彩り」

 織田信長の命令で丹波攻めに入った光秀は1579年、中世の横山城を改修し、「福智(知)山城」と命名。現在の京都府福知山市に城下町を整えました。天守閣は1986年に復元されました。風格ある天守閣と紅葉の共演を小型無人機(ドローン)の映像でお楽しみください。

***

 光秀の人物像を伝える記事などもご覧ください。地図もあり、戦国時代の出来事がぐっと身近に感じられます。

「逆賊」明智光秀、等身大の姿は?…優れた事務処理能力・面目つぶされ行動か

 光秀は滋賀県に大きな足跡を残しています。そこから見える光秀の姿は、戦いや行政の取りまとめ役など過酷な任務を次々とこなす有能な武将。ただ、四国を巡る信長の決定は、光秀の面目をつぶすことになった――。本能寺の変を起こした動機への考察や、出生を巡る説も取り上げました。

信長が討たれた本能寺の跡
信長が討たれた本能寺の跡

「領民思いの城主」「当代きっての教養人」…光秀、名付け親の街では今も「神」

 城を改築した福知山市など、京都府内での足跡をたどります。本能寺の変で運命が一変した光秀の娘・細川ガラシャが幽閉された地、中国地方から駆け戻った羽柴(豊臣)秀吉との「山崎の合戦」にもふれます。

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1248555 0 エンタメ・文化 2020/05/29 15:07:00 2020/09/02 12:14:35 2020/09/02 12:14:35 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/05/20200526-OYT1I50048-T.jpg?type=thumbnail

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