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連載期間が予定オーバー、帳尻合わせ中に偶然「これだ!」

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「流人道中記」浅田次郎さんインタビュー<下>

 読売新聞朝刊で連載され、単行本化された浅田次郎さん(68)の小説「流人道中記」(上下巻、中央公論新社)は、20万部超えのベストセラーとなっている。舞台は幕末の奥州街道。今回、浅田さんが電話インタビューに応じ、東北地方に対する思いと創作秘話を語った。

浅田次郎さん(2018年6月14日撮影)
浅田次郎さん(2018年6月14日撮影)

 ――有壁ありかべ宿(宮城・栗原)から沼宮内ぬまくないまで、岩手県内は1か所にとどまらず、登場人物の移動自体が物語の柱になっています。

 実は、連載期間が予定より相当オーバーしていまして、物語の進行を早めようと悩んだ結果、旅人をふるさとに送り返す「宿村しゅくそん送り」という風習を見つけたんです。全国であった話で、「病気だけど、どうしても国に帰りたい」という旅人をみんなで送り届ける義務があったとは、道義的ですよね。新聞連載ならではの帳尻合わせの苦心の中で偶然思いついた展開で、「これだ!」と思ってウキウキして書きました。盛岡ものは「壬生義士伝」以来、得意なので、岩手から急に方言が出てきます。

 ――旅の終わりが近づき、切腹を拒んだ玄蕃の真意が明かされていきます。

 玄蕃と乙次郎は「求道者と弟子」のイメージです。武士道に対する懐疑と家社会の矛盾、日本が150年前まで根源的に抱えてきた苦悩が、「流人道中記」のテーマでした。東北の終着点である青森県の三厩みんまやの取材では、びっくりするぐらい何もなく、その索然とした感じがすごくよくて、一見の値打ちがあります。たいがい、名所と呼ばれる場所は、テレビやインターネットなどで事前知識が豊富に提供されるので、初めて行っても既視感がある。一方で、三厩は物語の最後の風景、そのままでした。奥州街道という名前がついていても、急に道が途切れて、そこから先の道は浜辺で、存在しない。海岸が道になっている。それが旧奥州街道の最後の部分で、ここを玄蕃と乙次郎が歩いたんだなと、2人と一緒に歩いたような気がしました。

 ――玄蕃と乙次郎のその後を書く予定はありますか。

 それは皆さんの酒のさかなにしてもらえれば。松前藩に行けば、いずれ箱館戦争が始まるけれど、玄蕃は土方歳三と意外と馬が合うんじゃないか、とか。乙次郎は明治政府で役人になって、それほど出世はしないでしょうね。

 ――新型コロナウイルスの緊急事態宣言に伴う外出自粛で、本を読む機会が増えた人もいると思います。

浅田次郎著「流人道中記」
浅田次郎著「流人道中記」

 僕も、読み書きが仕事であることがありがたいとしみじみ思いました。普段は読む気になれない難しい資料もたくさん読めました。いつもなら焦りがあって、楽に調べようとするけれど、この数か月は資料の原本にあたることもでき、2・26事件の公判資料を読みました。カタカナと旧字体で書かれている上、膨大な量でしたが、面白かった。これを面白いと思える自分がまだいるんだという発見ができたのも、うれしかった。読者習慣がある人とない人では、大きな違いがあったんじゃないでしょうか。

 ――本作は読者から大変反響があった作品でした。

 ありがたいことです。今までで一番反響が大きかった。僕は小説を一生懸命書いているだけですから、出来、不出来とかは深く考えられない。小説家は、だんだんうまくなっていくわけではなく、もしかしたら、自分の傑作や代表作はとっくに書いてしまっているかもしれない。怖い話です。だからこの年になって、読者からの反響はものすごく励みになり、若いときとは違う喜びがありました。心を込めて書いたので、ぜひお楽しみください。

(聞き手・東北総局 川床弥生)

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1337948 0 エンタメ・文化 2020/07/17 10:00:00 2020/07/17 10:14:07 2020/07/17 10:14:07 小説家の浅田次郎さん。7月から始まる朝刊連載小説「流人道中記」を執筆する。東京都日野市で。2018年6月14日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200703-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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