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読書嫌いでSNSばかりのトランプ大統領が「自国第一主義」を唱えるワケ

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 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、仕事や学習、買い物や余暇など暮らしの中でオンラインの利用が増えた。多くの人が色々な情報をパソコンやスマートフォンなどデジタル端末で入手している。この流れは更に加速しよう。
 政府がコロナ禍を受けて計画の3年繰り上げを決めたため、今年度中に全国の小中学校で児童生徒に1人1台学習用端末が行き渡る予定だ。情報通信技術を用いた授業が本格化する。明治以降の「紙の教科書」主体の教育からの大転換といえる。
 これを機に、読む行為について考えてみたい。
 新著「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳」が評判の米国の著名な神経科学者、メアリアン・ウルフ氏に電話で見解を聞いた。(編集委員 鶴原徹也)

天性ではない「読み書き」

 ヒトが文字を読み、書くことは当然だと私たちは考えがちです。違います。読み書きはヒトの天性ではありません。発明です。

「漢字と仮名という二つの表記体系を持つ日本語は特異な言語です。日本人の脳の中をのぞいてみたい」「この写真はお気に入りの1枚。プロに撮ってもらいました」=2015年頃、米スタンフォード大学行動科学先端研究センター周辺で((c)Rod Searcey)
「漢字と仮名という二つの表記体系を持つ日本語は特異な言語です。日本人の脳の中をのぞいてみたい」「この写真はお気に入りの1枚。プロに撮ってもらいました」=2015年頃、米スタンフォード大学行動科学先端研究センター周辺で((c)Rod Searcey)

 人類は20万年ほど前にアフリカ大陸に出現したとされています。言語は数万年前には誕生し、文字は6000年余り前に作られたと考えられます。人類史の中では相対的に最近のことです。最初は、群れをなす野生動物の頭数の筆記といった単純な内容でした。

 見る・聞く・話す・嗅ぐといった行為は遺伝子でプログラムされています。それぞれの行為に対応する神経回路が脳に備わっている。乳児は周りを見て、においを嗅ぐ。幼児になれば、言葉を発し、簡単な意思表示もできます。

 読み書きは遺伝子に組み込まれていません。では、どうやって身につけるのか。

 大人が忍耐強く文字を教える必要があります。やがて幼児は文字が一つ一つ違う音に対応し、そのまとまりが意味を持つことに気づき、記憶する。この時、脳内で文字と音と意味を結びつけた、全く新しい複合的な神経回路が発明されている。脳の柔軟さが読み書きを可能にするのです。

 単語の連なる文章を理解することは単純ではありません。脳に巨大な連結器のようなものができて、文字・音・意味を結びつける基本的な複合回路を次々と素早くつなぎ合わせることが必須です。文章の意味をくみ取るために、脳は大車輪の働きをしている。

 私流に言うと、「読む脳」の誕生です。「読む脳」は経験を重ねて成長します。子供は読むことで育つともいえます。

大人への第一歩

 8歳から10歳の間に、知識が増え、考える力が少しずつ備わります。自分が知っていることに照らし合わせて、文章の意味を推理できるようになります。

 10歳から12歳になると、文章を読み進めながら仮説を立て、仮説が正しいのか間違っているのか、次第に判断できるようになる。作者や登場人物の感情や考えに思い当たるようにもなる。これはとても大事なことです。世の中には自分とは違う考えの他者が存在していることを理解するわけですから。大人へ向けた第一歩です。

 初等教育で重要なことは、子供を励まし、手助けをして、推理・推論・真偽判断を含む、総合的な読む力を育むことです。

 「深い読み」が、その先にあります。読み続けながら批評眼を養い、時代も文化も違う作者とも想像力を働かせて「対話」し、作者の思いに共感したうえで自分の思想を築いてゆく――。読む行為の到達点だと私は考えます。

 意識の流れを追究した20世紀初めのフランスの作家マルセル・プルーストは「読者は作者の知恵の先に自身の知恵を見いだす」と書き、読書の意義を説いている。他者を知り、自己を磨くのです。

 中等高等教育で良い教師に出会えれば、「深い読み」の習得はそれほど難しいことではない。

読むことに習熟していないトランプ大統領

 民主主義の観点からも「深い読み」はとても重要だと私は思います。考えの違う他者の存在を認めることが、基本的人権の尊重につながるのです。

 トランプ米大統領は読書嫌いです。歴代大統領の中で異例です。

 私の見るところ、トランプ氏は読むことに習熟していないため、他者に共感できない。自身が知っていることを過信し、妄信してしまう――。トランプ氏の唱える「米国第一」主義は、私には幼稚な自己中心主義に映ります。

 ただ、読書嫌いは直ちに無分別を意味しません。例えば、古代ギリシャの哲学者ソクラテスは読書を批判しました。人生の意義は、言葉を吟味し、問いを発し、自ら思考することにあり、読むことは書き手に頼ることにあり、怠惰に堕すると信じたからです。

 ソクラテスの主張する人生の意義は実際には、私の言う「深い読み」と矛盾しません。弟子のプラトンは「ソクラテスの弁明」などの対話編で師の思想を書き残し、その弟子のアリストテレスはプラトンの「知恵の先」に自らの思想を築いたのです。

 しかしながら、ソクラテスの主張を当時の「パピルス文書」という媒体の批判と捉えれば、現代に通じるものがあります。私に言わせれば、スマホなど現代のデジタル媒体は「言葉を吟味し、問いを発し、自ら思考する」ために適した媒体ではありません。

読み飛ばしがちなデジタル媒体

新著「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳」(インターシフト)
新著「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳」(インターシフト)

 デジタル媒体と紙媒体をめぐる比較調査があります。欧州で2000年から17年にかけて若者総計17万人を対象にした大実験です。その結果は、紙で読む方が話の内容・筋立て・場面などをよりよく記憶し、理解できた。幼年時からデジタル媒体に親しんできた世代でも結果は同じでした。彼らには「早く読む」ことを「よく理解する」ことと取り違える傾向があることも判明しました。

 読む時、視線は紙面では文章上を進み、時に前に戻りますが、デジタル端末画面ではジグザグに飛びつつ、先に進む。紙面の場合は時間をかけて理解に努める心構えになるのに対し、画面の場合は読み飛ばしがちになる。

 私見では、電子書籍にも同様の落とし穴がある。つい読み流し、吟味がおろそかになり、「深い読み」ができない。真の理解は、時に立ち止まり、後戻りして、あえて言えば作者が姿を現すのを待つことで得られる。忍耐が必要なのです。デジタル媒体は結末に向けて読みをせかしてしまうのです。

 これはニュースの理解にも当てはまります。デジタル端末は扱うニュースがそれほど多様でなく、出来事を単純に伝える傾向がある。一方で、新聞は概して守備範囲が広く、優れた分析記事は読者に深い理解をもたらしてくれます。

 加えて、デジタル媒体は文章が短くなる。読み飛ばす読み手は、書き飛ばす書き手になるものです。ツイッターは象徴的です。

他者への共感薄いデジタル世代

 またぞろトランプ氏ですが、自身の思いつきを単純な短文でつぶやくことしきりです。それでは事態の複雑さを見落とし、多角的な見方もできません。良い判断ができなくなるのではないか。

2016年、パリのルーブル美術館でダ・ビンチの「聖母子と聖アンナ」を背に  ((c)Lois Lammerhuber)
2016年、パリのルーブル美術館でダ・ビンチの「聖母子と聖アンナ」を背に  ((c)Lois Lammerhuber)

 脳の性癖にも絡む、デジタル時代の危うさがあります。

 私は先ほど脳が柔軟なために読み書きが可能になったと言いました。実はこの柔軟さはマイナスにも作用する。媒体の負の面も反映してしまうのです。速読向きのデジタル媒体に染まると、ヒトは考えに時間を割かなくなり、短絡的になり得る。米国でデジタル世代は他者への共感が薄くなってきているという知見もあります。

 ヒトは既にデジタル時代のまっただ中です。デジタル化は更に進みます。後戻りはできません。

 私の夢想はデジタル媒体と紙媒体双方で「深い読み」のできる「二重に読む脳」を育むこと。子供の時になるべく多く紙の本に親しみ、デジタル媒体は意識的に注意深く読む習慣をつける。脳の柔軟さに改めて期待しつつ、大人と子供が知恵を出し合い、時代に即した読みを工夫することです。

メアリアン・ウルフ(Maryanne Wolf)  米国の神経科学者。認知科学、発達心理学が専門。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授、同校教育・情報学大学院の「ディスレクシア(失読症)・多様な学習者・社会的公正センター」所長。主著は「プルーストとイカ」。年齢は公表していない。

 

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1351522 0 エンタメ・文化 2020/07/19 05:00:00 2020/10/02 16:26:26 2020/10/02 16:26:26 メアリアン・ウルフ氏 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200713-OYT1I50004-T.jpg?type=thumbnail

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