コロナ禍が演劇界に負わせた傷…読売演劇大賞 選考委員が語る

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 新型コロナウイルスの感染予防のため、今年は一時、世界中で「劇場のあかり」が消えた。演劇史上で未曽有の事態は、演劇界にどんな影響を与えたのか。昨年から継続して読売演劇大賞の選考委員を務める5人に「密」を避けて集まってもらい、2020年上半期の演劇界を総括してもらう座談会を7月9日、読売新聞東京本社で開催した。

座談会出席者(50音順)

徳永京子(演劇ジャーナリスト)
中井美穂(アナウンサー)
西堂行人(演劇評論家、明治学院大学教授)
萩尾 瞳(映画・演劇評論家)
矢野誠一(演劇・演芸評論家)

観劇は体験 生舞台の尊さ

座談会は委員同士の距離をとり、アクリル板で仕切って行われた
座談会は委員同士の距離をとり、アクリル板で仕切って行われた

 ――これほど長い間劇場が閉まったのは、戦時中でもなかったのでは。

 矢野 そうでしょう。(当時は)歌舞伎座や日劇などは閉鎖されても、小劇場や寄席は開いていた。「古川ロッパ昭和日記」などを読むと、喜劇がものすごく喜ばれていたようです。世情が不安な時には笑いが求められる。

 西堂 大学もオンライン授業になったが、僕が受け持つ芸術系の授業は対面でないとダメだと気づかされた。教員と学生が同じ空間を共有するから「あ、わかった」という感覚が生まれる。演劇も同じ。7月に久々に下北沢に行って燐光群の「天神さまのほそみち」を見た。陰惨な芝居なのにカーテンコールで涙が出た。そこに人がいて行為をしていることに感銘を受けたんです。

 中井 確かに演劇って体験ですよね。見るものを決めて、チケットを買って、劇場で過ごす時間も「込み」の体験であると、しばらく演劇から離れてわかった。今月、こまつ座の「人間合格」を見ました。久々の観劇で3時間、集中して見ると、心地よい疲れがあった。真剣に大切に演劇を見るということはこういうことなのだと実感した。

 萩尾 今年、日本のミュージカルは大豊作になるはずでした。春から夏にかけて「VIOLET」「ジョセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート」「ニュージーズ」「ヘアスプレー」と意欲作、大作が予定されていた。

徳永京子氏
徳永京子氏

 徳永 次々と観劇の予定がなくなり呆然ぼうぜんとしていましたが、しばらくして舞台の配信動画を見るのに忙しくなった。集中できるまで部屋を暗くしてヘッドホンを付けるなど試行錯誤。そこで改めて劇場はすごい場所だと思った。外部と隔離され、音や声に集中できる静けさと暗さがほぼ自動的に与えられる。私たちを一瞬で「観客」にさせてくれる場所なのだと。

 矢野 敗戦の直後、餓死者が出ている時でも東京の有楽座では「桜の園」の舞台が超満員だったというね。

 西堂 映画よりも、演劇は意外と復活しやすい芸術なのでしょう。

 徳永 ただ、終戦直後やこれまでの危機と今との違いは、観客も作り手も集まれないこと。いずれ緩和されるかもしれませんが、現状は席数を減らさざるを得ないので、配信やDVD販売などで興行を成り立たせる方法を考えなくては。

 ――スタッフや俳優が直接会わずにオンラインで制作・上演するリモート演劇や演劇作品の生配信が話題になりました。

西堂行人氏
西堂行人氏

 西堂 リモート演劇の「劇団ノーミーツ」の公演は5000人以上も視聴したとか。劇場のキャパシティーをはるかに超えている。映像で見た人が、いつかは生の舞台を見てもらえるような循環ができればいい。

 萩尾 前向きに捉えたい。上演中の三谷幸喜さんの新作「大地」は複数のカメラを入れて生配信される回もあった。観劇しにくい地方に住んでいる人には、配信でも見られるのはうれしい。このピンチをチャンスに変えるよう考えるしかない、と。

メッセージ発信の必要

 ――演劇界への影響は。

 徳永 チケット払い戻しひとつにしても、観客への説明や、複数ある決済方法の対応など、劇場や制作会社には大変な労力がかかり、とても残酷だった。

 矢野 俳優はアルバイトしなきゃ食べられない人も元々多いけど、今はアルバイトすらできないからね。

 萩尾 劇団四季でさえ、クラウドファンディングをやった。地方公演を複数持つ四季は、体力の消耗が他劇団とは格段に違う。「アナと雪の女王」も公演が延期になってしまいました。

中井美穂氏
中井美穂氏

 中井 舞台芸術を下支えする照明や大道具などの会社も経営的に大変。公演が復活しても、様々な弊害が起こるのでは。補償が遅れたのは、全ての業種で遅れたから仕方ないとしても、ドイツで「文化は必要である」というメッセージを真っ先に発表していたところが、日本とは違いました。

 萩尾 今回分かったのは、演劇や映画界はその世界だけで集束していて社会的な発言力が弱く、政界などへの働きかけもできないこと。今、他の分野と連携できるロビイストがいれば何かできたかもしれない。色々な形で広くメッセージを発信していくことは必要です。

 西堂 蜷川幸雄さんもある意味、社会的発言をして演劇文化を発信した。でも、個人に頼るよりも、公共劇場がそれを担って、積極的に発信をすべきでしょう。

 徳永 緊急事態舞台芸術ネットワークなどが運動を始めたが、政治家にはもっと前から演劇の仕組みを分かってもらう必要があった。ただ、この1、2か月で演劇や映画、ライブハウスが必要だと言う人が増えた。今後も働きかけを続けることが大事では。

上半期印象に残った作品

 ――今年、見ることのできた秀作を教えてください。

 中井 私は「エブリ・ブリリアント・シング」。佐藤隆太さんの一人芝居ですが、観客も俳優として物語に参加する。見る前は苦手意識があったのですが、勇気を出して行ったら「楽しい!」と心から思えた。

矢野誠一氏
矢野誠一氏

 矢野 結構トボけた芝居をするお客さんがいたりして面白かった。

 徳永 決してハッピーなだけの物語ではなく、母親がうつ病であることなど、現代的なテーマが根底にあった。佐藤さんはこの舞台で俳優として一皮も二皮もむけたように思います。

 西堂 鄭義信作・演出の「泣くロミオと怒るジュリエット」。彼の代表作「焼肉ドラゴン」をシェークスピア化したような作品だった。「ロミオとジュリエット」の要素をうまく使いながら、彼が長年取り組む在日コリアンの問題に巧みにつないだ。

 萩尾 男だけで演じていて、ジュリエット役の柄本時生さんがかわいかった。

 矢野 お正月の浅草歌舞伎「仮名手本忠臣蔵 七段目」が良かった。尾上松也の大星由良之助以下、時代物のすごさが感じられたが、あんな若い役者たちでもちゃんと成立させられることが歌舞伎のすごさ。あと、「天保十二年のシェイクスピア」も挙げたい。

萩尾瞳氏
萩尾瞳氏

 萩尾 私も一推しです。かつての蜷川幸雄版、いのうえひでのり版も猥雑わいざつなエネルギーにあふれていて面白かった。でも、今回の藤田俊太郎演出版は、「格差社会」とそこから生まれる「闇」を明快に提示したもので、とても現代的で新鮮でした。リチャード三世がモデルの三世次みよじを演じた高橋一生の繊細な演技と身体能力の高さ、宮川彬良の天才的な音楽が印象に残ってます。

 矢野 ぜいたくな舞台だったね。

 徳永 樹里咲穂や土井ケイトをはじめ女優陣も光った。私が挙げたいのは「ねじまき鳥クロニクル」。村上春樹の世界観をイスラエルの演出家、インバル・ピントが非常に豊かなビジュアルで見せた。主人公は渡辺大知と成河そんはの二人一役。ふたりの動きのシンクロ具合と違いが、行間のニュアンスを可視化したような効果をもたらした。照明、美術も、夢を現実にしたような美しさで「小説を舞台にするというのはこういうことか」と思いました。

 このほか、「冬の時代」(unrato)、「彼らもまた、わが息子」(俳優座劇場)、「きじはじめて鳴く」(俳優座)、「シャボン玉とんだ宇宙ソラまでとんだ」(東宝)、「コタン虐殺」(流山児★事務所)、「ぼうだあ」(ほろびて)についても意見が交わされた。

中間選考会中止に

 読売演劇大賞では、毎年7月に中間選考会を開いて、上半期(1~6月)の作品、男優、女優、演出家、スタッフ各部門のベスト5を選んできました。ところが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2月末から多くの演劇公演が中止になりました。この状況では、例年の水準に達する作品や人物をそれぞれの部門で5組ずつ選定するのは困難と考えられるため、第28回読売演劇大賞の中間選考会は中止にしました。
 来年1月に開く1次選考会で通年のベスト5を選び、最終選考会で大賞や最優秀賞を決める予定です。

新選考委員の略歴(50音順)

犬丸治 (いぬまる・おさむ) 1959年生まれ。演劇評論家。幼少期から歌舞伎に親しみ、放送局勤務の傍ら歌舞伎研究や評論で活躍。著書に「平成の藝談 歌舞伎の真髄にふれる」など。歌舞伎学会副会長。
小田島恒志 (おだしま・こうし) 1962年生まれ。早稲田大学教授、翻訳家。多くの戯曲を翻訳し、96年に湯浅芳子賞。訳書は「アルカディア」「ピグマリオン」など。舞台上演翻訳は共訳を含め約110作に上る。本賞の第16~19回選考委員。
杉山弘 (すぎやま・ひろむ) 1957年生まれ。演劇ジャーナリスト。読売新聞社の記者、デスクとして30年にわたり劇評や読売演劇大賞の運営を担当。2017年に退社後、専門誌「テアトロ」「join」などで原稿を執筆。共著に「芸談」など。日本劇団協議会理事。
堀尾幸男 (ほりお・ゆきお) 1946年生まれ。舞台美術家。武蔵野美術大などを経てデビュー。「キル」「彦馬がゆく」など、野田秀樹、三谷幸喜氏らの舞台を手がける。2017年、読売演劇大賞・大賞を受賞。

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1386489 0 エンタメ・文化 2020/08/04 11:30:00 2020/08/05 15:28:48 2020/08/05 15:28:48 第28回読売演劇大賞・座談会。新型コロナウイル感染防止策として距離を保ち、アクリル板越しに議論を交わす選考委員ら。東京都千代田区の読売新聞東京本社で。2020年7月9日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200801-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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