日本イエズス会の本部や長崎奉行所のあった旧長崎県庁跡地、発掘調査進む

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 キリスト教布教の拠点となった「岬の教会」や江戸幕府の「長崎奉行所」など、長崎の歴史の中心にあった長崎市江戸町の旧県庁跡地の発掘調査が進んでいる。これまでの調査では、17世紀初頭のものとみられる石垣などが見つかり、現地を視察した専門家は「当時の奉行所の姿が見え始めた」と話す。長崎県は年度内に調査を終える予定で、調査の行方に期待が集まっている。(中尾健)

出土した石垣を見学する市民ら
出土した石垣を見学する市民ら

 「石垣がパッチワークのようになっているのは、時代ごとに積み方が異なるためです」。県が9月中旬に跡地で開いた見学会には、市民ら約480人が参加し、県教委職員の説明に熱心に耳を傾けていた。参加した長崎大教授の野上建紀たけのりさん(56)は「きれいな状態で残っている印象。これから何が出てくるのか興味深いです」と話した。

 跡地には1571年、「岬の教会」が建てられ、日本イエズス会の本部となった。その後は潜伏キリシタンの取り締まりなどを行った長崎奉行所などが置かれ、1874年以降は歴代の県庁舎が建設された。

 県は当初、「再開発が繰り返されており、遺構が残っている可能性は低い」と見ていたが、昨年10月からの調査で江戸時代の石垣や瓦などが出土。また、跡地を視察した専門家は今年1月、詳細な調査と遺構の保存を検討するよう求めた。

 跡地について、県と市は共同で文化ホールや広場を建設する方針だったが、こうした状況を踏まえ、市は文化ホールの整備を市庁舎の移転後の跡地で進めることにした。

 県によると、これまでの調査では幕末から明治時代にかけての地層まで掘り進め、幅60メートル、高さ6~7メートルの石垣が出土。最下層は奉行所ができる前の1610年代に積まれたと推定されるという。江戸時代の陶磁器や17世紀初頭の教会建築などに使われた「花十字紋瓦」なども見つかっており、日本考古学協会は遺跡について10月5日付で「日本歴史にかかわる学術上極めて重要な内容」と指摘し、さらに詳しい埋蔵文化財調査などを要望した。

 出土した石垣は保存のために埋め戻し、今月からは江戸時代の瓦や陶磁器などが見つかっている別の地点を調査する予定。県は全体の調査結果を踏まえて今後の活用方法を検討する。

 県庁舎跡地活用室は「貴重な遺跡であることは専門家からも指摘されている。多くの人に長崎の歴史を知ってもらえるような場所に整備したい」としている。

     ◇

 今回の発掘調査で、県教委が昨年12月と今年9月に計2回開催した現地説明会には市民ら延べ約680人が参加しており、跡地への関心の高さがうかがわれる。

 見学会は文化財への興味を深めてもらおうと開催。跡地で見つかった陶磁器や瓦などを展示するコーナーも設けた。県教委は新たな見学会の開催も検討している。

 県教委には「石垣はまだ見られるのか」「跡地からは、どんなものが見つかっているのか」といった問い合わせも寄せられている。担当者は「長崎のシンボルとなる建物が代々建てられてきた場所だからこそ、親しみと歴史のロマンを感じてもらえているのではないか」と話している。

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1595977 0 エンタメ・文化 2020/11/02 09:18:00 2020/11/02 09:18:00 2020/11/02 09:18:00 出土した石垣を見学する市民ら(9月12日、長崎市で)=中尾健撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201101-OYT1I50020-T.jpg?type=thumbnail

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