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【独自】天皇に「側近相談役」、吉田茂が模索…戦前の内大臣役期待か

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吉田茂(国立国会図書館提供)
吉田茂(国立国会図書館提供)

 戦後、首相として日本の復興を担った吉田茂が退任後の1959年、天皇を支える「側近相談役」の設置を考えていたことを示す史料が見つかった。専門家は、戦後の天皇を支える体制に不満を持っていた吉田が、最高顧問的な役職を制度として置くことが必要と考えていたと推察している。

「側近相談役」に関する記述の残る1959年2月11日の河井弥八の日記(部分)。「側近相談役設置に付、吉田元首相の意を通ぜらる」などと書かれている
「側近相談役」に関する記述の残る1959年2月11日の河井弥八の日記(部分)。「側近相談役設置に付、吉田元首相の意を通ぜらる」などと書かれている

 元侍従次長で参院議長も務めた河井弥八(1877~1960年)の日記を調査した宮内庁書陵部の内藤一成主任研究官らが、経緯を書いた記述を見つけた。

 日記によると59年2月11日、河井は自民党の有力者、松村謙三から天皇の「側近相談役設置に付、吉田元首相の意」を伝えられた。「最も同感なるも、適当なる方法なきに苦しむ。元長官田島道治氏に相談する」と約束した河井は13日に、吉田内閣で宮内庁長官も務めた田島を訪問。

 田島は「結局現行憲法の下にては実現至難なり」と答えたが、一方で「ただし必要論に至ては余と同一なり」と同意を示した。「現行憲法」のくだりは、終戦後に廃止された「内大臣」のような天皇側近の復活が、新憲法下では難しいということを意味したとみられる。河井は14日にその内容を松村に報告し、吉田に対応を委ねた。

 日記の調査に加わった小宮ひとし・青山学院大教授は、吉田が考えた「側近相談役」は、天皇に政治的な助言ができる内大臣のような立場を想定していたと推測する。「(戦後も置かれた)侍従らは天皇に事務的に仕えているだけで、十分に助言できていないとみていたのでは。当時は安保改定を巡り国内が混乱し始めた時期で、皇室への崇拝の思いが強い吉田は皇室の将来を案じたのだろう」と話している。

 吉田に詳しい井上寿一・学習院大教授は「吉田が、天皇が政治に影響を及ぼすことが望ましいと考えていたことも背景にあるのでは」と語る。日記は「河井弥八日記 戦後へん5」(信山社)として25日に刊行される予定。

 ◆吉田茂=1878~1967年。外務省に入省し、外務次官などを歴任。戦後、幣原喜重郎内閣などで外相を務めた。1946年、初めて首相に就任。以後54年まで、5度にわたり政権を担当し、サンフランシスコ講和条約を締結するなどした。

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1715341 0 エンタメ・文化 2020/12/21 05:00:00 2020/12/21 09:44:14 2020/12/21 09:44:14 「側近相談役」に関する記述の残る河井弥八の日記(1959年2月11日) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201220-OYT1I50067-T.jpg?type=thumbnail

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