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2020年の演劇界の成果を顕彰する第28回読売演劇大賞(主催・読売新聞社、後援・日本テレビ放送網)の第1次選考会が東京都内で開かれた。コロナ禍で公演中止が相次いだ上半期分の選考会は行わなかったため、通年の審査を行った。選考委員の選んだ計5部門のノミネートを報告する。(敬称略)
逆境下の格闘映す力作…作品賞
・「天保十二年のシェイクスピア」(2月、東宝)
・「ゲルニカ」(9月、パルコ)
・「リチャード二世」(10月、新国立劇場)
・「NINE」(11月、梅田芸術劇場)
・「現代能楽集X『幸福論』~能『道成寺』『隅田川』より」(11~12月、世田谷パブリックシアター)
(カッコ内は公演主体、公演日順)

昨年は春から夏にかけて一時は「劇場の灯」が消えた。未曽有の状況下で選ばれた5作品は、困難や逆境に直面した人々がどう葛藤し、どう立ち向かって、答えを見つけ出したかを掘り下げた力作ぞろい。演劇は社会を映す鏡でありつつ、見る人の心を癒やし、生きる指針を与える役割も担う――。そんな演劇人の覚悟が見えてくる。

選考委員が推薦した作品は前回より3本多い30本。うち1人以上が最高点を付けたか、複数の委員が強く推した13本が選考対象になった。
まず9人中4人が推薦し、3人が最高点を付けた「リチャード二世」が選ばれた。名匠・鵜山仁の演出で、足かけ12年かけて様々な英国王の栄枯盛衰を描いた新国立劇場「シェイクスピア歴史劇シリーズ」の最終作。岡本健一がリチャード二世の転落人生を人間くさく演じた。「わずかな出番の出演者さえ戯曲への深い理解があり、見事にシェークスピアの魅力を伝えた」と絶賛され、岡本、浦井健治、中嶋朋子ら常連出演者たちが「まるで劇団のようなチームワークだった」と評価された。
残る4枠は投票で決まった。「ゲルニカ」は、鵜山と同い年の栗山民也がピカソの名画から着想を得て長年、舞台化を目指してきた。栗山の意を受けた劇作家の長田育恵が、スペイン内乱に巻き込まれた少女の成長と悲劇を軸に、壮大な物語を紡ぎ出した。「脚本、演出、美術、照明と、どこを取ってもプロの仕事。人間の怖さ、したたかさ、しなやかさ、温かさを描いたドラマが胸にしみた」と称された。

「現代能楽集X『幸福論』~能『道成寺』『隅田川』より」にも長田は、同年齢の瀬戸山美咲とともに携わった。長田は「隅田川」、瀬戸山は「道成寺」とそれぞれ能が題材の現代の物語を書いて瀬戸山が演出した。「女性ならではの視点で能の物語を換骨奪胎して見せたところが魅力的だった」「セリフを厳選し、短い言葉で聞かせるという作家陣の強い意気込みがあった」と推された。

長田、瀬戸山と同じアラフォー世代の藤田俊太郎の演出作が2本もノミネートされた。「天保十二年のシェイクスピア」は、講談の

「NINE」は、イタリアのフェリーニ監督の自伝的映画「8 1/2」を基にした米国発ミュージカル。新作の構想が枯渇した苦悩の映画監督を城田優が演じた。「もがいている主人公の姿はばからしくも、いとおしい。そのメッセージが明解に出ていて、まさに人間喜劇の演出だった」と評された。
また、昨年の演劇界の大きな特徴だったオンライン配信作品も選考対象にすべきかも話し合った。「オンライン独自の見せ方が急速に進化している。魅力的な作品ならば、その都度協議すべきだ」との意見で一致し、Bunkamuraが配信した「プレイタイム」が候補になった。「ロボット・イン・ザ・ガーデン」と「All My Sons」はあと一歩ノミネートに届かず。「外地の三人姉妹」「大地」「泣くロミオと怒るジュリエット」「メアリ・スチュアート」「オレステスとピュラデス」も強く推された。
人の二面性あぶり出す…男優賞
・大谷亮介「All My Sons」
・片岡仁左衛門「彦山権現誓助剣―毛谷村―」
・小瀧望「エレファント・マン」
・城田優「NINE」
・山崎一「十二人の怒れる男」「23階の笑い」
(カギカッコ内は対象公演、50音順)
ベテランから若手まで、年齢もジャンルもバラエティー豊かな5人がそろった。まずは3委員が推薦し、2人が最高点を付けた城田優、4委員から推された大谷亮介と、ともに二面性のある男を演じた2人が選ばれた。

城田は、「NINE」の映画監督グイド役。「

大谷は、「All My Sons」に登場する一家の父親役を演じ、「米国の平均的な父親の内側に潜む闇を的確に見せた」「

残り3枠は10人の中から投票で決めた。第23回で大賞に輝いた片岡仁左衛門は、「

第26回もノミネートされた山崎一は、「十二人の怒れる男」の陪審員3番役と「23階の笑い」の放送作家役について、「シリアスからコミカルまで役の幅が広い」と安定した力が評価された。「エレファント・マン」の障害のある青年役の小瀧望と、「闇の将軍」シリーズ第3弾「常闇、世を照らす」で田中角栄を演じた狩野和馬の票が同数となり、決選投票の結果、小瀧に。
小瀧はジャニーズWEST所属の24歳。「体の使い方が抜群に美しい。別人格を演じた場面での声と滑舌の良さが印象に残った」との声が上がった。狩野も「政治の世界の本質を照らし出した」とたたえられたが及ばなかった。
岡本健一、高橋一生、ウエンツ瑛士、佐藤隆太、尾上菊五郎、吉田一輔を推す声もあった。
個性的な実力者ぞろい…女優賞
・安蘭けい「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」
・池谷のぶえ「獣道一直線!!!」
・神野三鈴「All My Sons」
・鈴木杏「殺意 ストリップショウ」「真夏の夜の夢」
・那須佐代子「ミセス・クライン」「リチャード二世」
(カギカッコ内は対象公演、50音順)
主役から脇役まで、個性的な実力者がそろった。まず討論で3人が選ばれた。

第24回で最優秀女優賞に輝いた鈴木杏は、選考委員7人が推薦し、うち2人が最高点をつけた。一人芝居「殺意 ストリップショウ」の戦中戦後を生きたストリップダンサー、「真夏の夜の夢」の恋する少女・そぼろ役で「明快な語り、健康的な肉体美、力強い意志で演じきった」「鬼気迫るものがあった。向こう見ずともいえる演技にはらはらさせられた」と絶賛された。

那須佐代子は初選出。「ミセス・クライン」の精神分析学者クラインは「知的な好奇心から息子や娘を研究対象にしてしまう冷徹さと、我が子の死を認めることができない母親のもろさをきめ細かく描いた」「リチャード二世」のヨーク公爵夫人も「役柄への深い理解が感じられる演技」と、称賛の声が集まった。

前回最優秀女優賞を受けた神野三鈴も選ばれた。「All My Sons」で、息子の死で精神的に不安定になった母親ケイト役で「複雑な心理に見事なリアリティーを与えた」「芝居に落ち着きを与える役割を果たした」と評価された。
残る2枠は9人の中から投票で決めて、初選出の2人がノミネートされた。

安蘭けいは「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」のバレエ教師・ウィルキンソン役。「一見無愛想ながら、胸の奥に熱い情熱をもてあましているという役柄が、彼女の持つ本質的なところにはまった」と評された。

池谷のぶえは「獣道一直線!!!」で、複数の男を手玉に取るクセのある役に、「下世話なキャラクターなのに、品があり愛らしく、舞台を底上げした」「すごみとかわいらしさ。大きな声を自在に操るのも魅力だった」と評価が集まった。
鷲尾真知子、前田美波里、銀粉蝶、咲妃みゆ、シルビア・グラブ、大竹しのぶ、長澤まさみも候補になった。
脂の乗った5人を選出…演出家賞
・詩森ろば「All My Sons」「コタン虐殺」
・瀬戸山美咲「現代能楽集X『幸福論』~能『道成寺』『隅田川』より」
・原田諒「ピガール狂騒曲」
・藤田俊太郎「天保十二年のシェイクスピア」「NINE」「VIOLET」
・眞鍋卓嗣「雉はじめて鳴く」「少年Bが住む家」
(カギカッコ内は対象公演、50音順)
演劇界をリードする脂の乗った5人がそろった。
「天保十二年のシェイクスピア」「NINE」「VIOLET」と充実した仕事ぶりの藤田俊太郎が5人から推され、うち2人が最高点と高い評価を受けてまず、決まった。「去年のミュージカル界を背負う活躍ぶり。『VIOLET』は予定していた演出が出来ないという悪条件下でも作品の魅力を引き出していた」「どう見せれば舞台が楽しく面白くなるかよく分かっている」と絶賛された。
次に抜け出したのは、「All My Sons」「コタン虐殺」の詩森ろばで、5人の支持を受けた。「All――」については、「米国の一つの家庭の問題が浮上し、崩壊していくさまを俳優をうまく使いながら見せた」、「コタン虐殺」は、「隠されたアイヌの歴史の内幕を暴き出し、小空間で緊張感ある舞台を作りあげていた」とたたえられた。
残り3枠は、9人の中から投票で決めた。「現代能楽集X『幸福論』」の瀬戸山美咲は、「スッキリした演出でありながらスリリングに展開。温かく余韻が残る舞台に仕上げた」と、称された。
眞鍋卓嗣は、名門・俳優座を支える存在。同劇団が上演した横山拓也作「雉はじめて鳴く」と、韓国戯曲「少年Bが住む家」で評価された。演出手法について、「心情に寄り添うと見せかけて緊張の糸を静かに編んでいき、いつの間にか舞台と客席に張り巡らしている」と評価された。
原田諒は、シェークスピアの「十二夜」をベースにした宝塚歌劇団月組「ピガール狂騒曲」でノミネート。「宝塚ならではの制約がある中で面白いドラマを作る。コロナ下だけに、劇場賛歌というテーマは胸に響いた」と好感された。
栗山民也、多田淳之介、鵜山仁、シライケイタ、森新太郎、杉原邦生は及ばなかった。
常連から時代の顔まで…スタッフ賞
・梅田哲也「プレイタイム」の構成・演出
・齋藤茂男「アルトゥロ・ウイの興隆」「現代能楽集X『幸福論』~能『道成寺』『隅田川』より」の照明
・乘峯雅寛「プレッシャー―ノルマンディーの空―」「ミセス・クライン」の美術
・前田文子「NINE」の衣装
・宮川彬良「天保十二年のシェイクスピア」の作曲
(カギカッコ内は対象公演、50音順)
スタッフ賞の「常連」ともいえる顔から、コロナ禍を反映したともいえる顔まで、多彩な5人がそろった。
まず、第23回で最優秀スタッフ賞に選ばれた舞台美術の乘峯雅寛が、4委員が最高点をつける圧倒的な支持を得て一抜けした。
昨年の膨大な仕事の中から「プレッシャー―ノルマンディーの空―」が「道具いっぱいの中にちょっとした仕掛けを盛り込み、芝居にアクセントをつけた」、「ミセス・クライン」が「深層心理を具体的に造形している」と、作品に力を与える美術が絶賛された。
残る4枠は12候補の中から投票に。大差で抜け出したのが「天保十二年のシェイクスピア」の作曲を担当した宮川彬良。「書き下ろし曲がすばらしい。ジャズから演歌まで多彩な音楽でドラマの力を形作った」と称賛の声が上がった。
続いて「NINE」の衣装の前田文子。「主人公を取り囲む8人の女性を全部色分けして役を象徴させ、最後に白と黒の衣装で勢ぞろいさせる。粋な衣装だった」と、たたえられた。
照明の齋藤茂男は初選出。「現代能楽集X『幸福論』」では、「ゆらゆらと揺れる炎や川面を効果的に映し出し、登場人物の内面を浮かび上がらせた」、「アルトゥロ・ウイの興隆」で「赤と黒を基調にした美術や衣装が映えるシャープな照明を創出」したと評価。「柔らかな照明は、トップクラス」とも称された。
梅田哲也は「プレイタイム」の構成・演出を担当。コロナ禍で演劇がストップした中、劇場内で交わされる男女の会話を映像作品として配信した成果が好感された。「2020年でないと見られない作品。映像コンセプトや技術的なイニシアチブを握り、劇場は生きていると伝えた」として、選ばれた。
松井るみ、二村周作、大友良英、トビー・オリエ、阿部海太郎、ひびのこづえ、国立劇場美術係、服部基も候補に挙がった。
◆選考方法
この紙面で発表した第1次選考会で選考委員がノミネート(推薦)した作品や人は、そのまま「優秀賞」が確定します。この中から全国の演劇に関わる評論家やライター、制作者、研究者、劇場スタッフらで構成した106人の投票委員による投票により、5部門の「最優秀賞」が決まります。
投票の集計後に開催する最終選考会で、5部門の最優秀賞を報告します。続いて、投票委員の推薦を基に将来の活躍が期待される新人を対象とする「杉村春子賞」を決め、5部門の最優秀賞と杉村春子賞の受賞者から、最高賞の「大賞」を選出します。
また、演劇界に長年にわたり貢献したり、優れた企画を進めたりした功績のある個人や団体を顕彰する「芸術栄誉賞」も、最終選考会で決定します。
◆選考委員(50音順)
犬丸治(演劇評論家)
小田島恒志(翻訳家)
杉山弘(演劇ジャーナリスト)
徳永京子(演劇ジャーナリスト)
中井美穂(アナウンサー)
西堂行人(演劇評論家、明治学院大学教授)
萩尾瞳(映画・演劇評論家)
堀尾幸男(舞台美術家)
矢野誠一(演劇・演芸評論家)