「選択肢が外資に限られてしまうのは不健全」…30周年のWOWOW、配信強化のわけ
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民放はただで見るもの――そんな時代が長かったこの国で有料放送文化を切り開いてきた衛星放送のWOWOWが4月、開局30周年を迎える。スポーツの国際大会や大物アーティストのライブ、国内外の映画と多彩な編成で加入者を獲得。オリジナルドラマは、今や気鋭のクリエイターたちが才能を競い合う場になっている。今月からは番組の新たなネット配信が始まり、3月には4Kチャンネルも開局する。ネットフリックスをはじめとする動画配信サービスが浸透し、エンタメ系プラットホームが戦国時代となる中、作り手の“熱量”あふれる独自コンテンツにこだわり続ける。
芸術祭大賞など各賞受賞の「ドラマW」
「マイク・タイソンの試合が見たくて加入したんです」

田中晃社長が1991年の開局当初の印象を振り返る。当時、田中社長は古巣の日本テレビで日々の視聴率競争の真っただ中にいた。主に視聴率に基づくCM収入に支えられて無料放送が行われる地上波と違い、視聴者が直接対価を支払う新たなスタイルに「自分にも見たいものがある。だったら根付くのでは」と直感した。
だがWOWOWは、開局から2005年頃までは、後発のスカパーなどを相手に、有料放送の要であるテレビに接続するセットトップボックス(STB)の販売競争に明け暮れた。「06年頃から、テレビにチューナーが内蔵されるようになり、STB販売競争がなくなった。ライバルらしいライバルもなく、独立独歩で純粋にコンテンツ制作に注力してテレビ局として成長できた時代だった」
視聴者の数では、無料放送の地上波と比べものにならないが、視聴率やスポンサーから解放されている分、制作の自由度は高い。企画が通るかどうかの判断基準は、「プロデューサーの熱量なんですよ。熱量があれば、枠も大きくなる。そうでないと、オペラやバレエ、ミュージカルなんてやれない」。制作者に大きな裁量権が与えられる点が、地上波との決定的な違いのようだ。「Wowは感嘆詞。新鮮な驚きや革新性、共感を視聴者の心深くに届ける。地上波がリーチ(到達力)のメディアなら、こちらは深さのメディア」
その成果の一つが、03年に始まった独自ドラマ企画の「ドラマW」だ。川上弘美原作「センセイの
ネトフリ、会員500万の衝撃
ただ、地上波との差別化だけでは、加入者獲得が難しい時代に突入している。15年秋、世界最大手の動画配信サービス、米ネットフリックスが日本で事業を開始。国内では、先行していたHuluのほか、16年にはDAZN(ダゾーン)もスタートし、巨額の制作費を投じたドラマや、高額放送権を獲得しての国際スポーツ大会中継を展開し始めた。「もはや、『地上波と違う自由な制作体制』とか『スポーツの世界最高峰』なんて、WOWOWの専売特許ではなくなってしまった」

そんな荒波にもまれる中で迎えた30周年。加入状況は厳しい。料金は月額2530円(税込み)で、昨年12月現在、約278万件が加入。250万件を突破した98年以降、大きくは伸びておらず、昨年度は14期ぶりに純減した。有料配信サービスとの競争激化が影響しており、コロナ禍によるスポーツイベントの延期や音楽ライブの中止が追い打ちをかけている。「有料放送の加入者は踊り場に来ている」とも指摘されるが、昨年、ネットフリックスの国内会員数が、市場参入から5年で500万人に到達。料金が違うものの、座視はできない。WOWOW加入者の中心は50歳以上。「今後、20代、30代を取り込まないと、先は厳しい」と田中社長はみる。
WOWOWオンデマンドでスマホ視聴も

加入を支えているのは、やはりスポーツ中継と音楽ライブ。来月17日未明からはUEFAチャンピオンズリーグ20-21シーズンの決勝トーナメント全29試合を独占生中継・ライブ配信する。同リーグの中継は18年ぶり。それまで中継していたDAZNが放送しなくなったことを受けて乗り出したのだ。「世界で最も質の高いリーグを見られないのは、日本のサッカー文化にとって良くない」と放送事業者としての
配信の土台となるのが、今月から始まった加入者向けサービス「WOWOWオンデマンド(WOD)」だ。現在の放送3チャンネルを同時配信するほか、過去番組や放送に先立つ配信も行う。従来も「WOWOWメンバーズオンデマンド」があったが、登録が簡便になり、コンテンツも充実させた。「スマホでも容易に見られるようになり、ライフスタイルに合わせていつでも、どこでも番組が楽しめる」と力を込める。
森山未來ら人気俳優5人が短編を演出
開局30周年プロジェクトも進む。
「アクターズ・ショート・フィルム」(WOWOWプライム=28日後3:50、ほかに各話ごとも放送)は、磯村勇斗、柄本佑、白石隼也、津田健次郎、森山未來という5人の人気俳優が自らメガホンを取り、それぞれ25分以内の独自作品を撮る短編企画だ。このうち視聴者や映画評論家の投票により選ばれた1本が、アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」に出品される。
アンドロイドが進化した近未来社会、ロシアン・ルーレットが行われる賭場、さらには脳内の妄想世界など、様々な舞台で奇妙な人間模様が繰り広げられる。柄本が監督した「夜明け」は、東京・下北沢を舞台に、一人暮らしする男(森山直太朗)が人助けのために奔走する物語だ。監督を務めるのは初めてに近いという柄本は、今月14日の記者会見で「こんなオファーを受けるとは思わなかったが、映画好きで入ったこの業界なので挑んでみた」とコメント。

ところが、実際にメガホンを取ってみると、「俳優以上に監督のほうが、スタッフ全員から見られていて怖かった」と打ち明けた。撮影現場では本物の恐怖体験も。下北沢の街を主人公が自転車で疾走する場面をビルの屋上から
「選択肢が外資に限られるのは不健全」
一方、3月1日には4Kチャンネル「WOWOW4K」も始まる。映画「パラサイト 半地下の家族」や、「連続ドラマW コールドケース3~真実の扉~」、「スペインサッカー ラ・リーガ」のレアル・マドリード戦、バルセロナ戦などが高精細な4Kで楽しめる。
また、会員サービスの一環として、今後はスポーツや演劇などのファン同士をSNSで結びつけ、新たな会員コミュニティー作りにも乗り出す。それらを通じてスポーツや芸術を支援するのが大きな狙いだ。
田中社長は気を引き締める。
「好むと好まざるとにかかわらず、強大な資本をバックにした外資動画配信サービスとの競争は始まっている。今後のエンタメ界を担うクリエイターと視聴者の選択肢がそれらに限られてしまうのは不健全。外資とまともに戦えるわけはないが、WOWOWはクリエイターと視聴者にとって良き選択肢の一つにならないといけないし、そのためにもうちにしかないコンテンツを増やしていきたい」
◆田中晃 たなか・あきら。1954年生まれ。早大卒。79年4月、日本テレビ入社。箱根駅伝中継などを担当。編成部長、メディア戦略局次長、スカパーJSATホールディングス取締役などを経て、2015年6月からWOWOW社長。