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「望んだことは何一つできなかった」舘ひろし、運命に従いつつも「終わった人」には抵抗感

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<STORY2>

 俳優になるつもりは、全くなかったという。出身は名古屋市で、父は開業医だった。「僕は、医者になるものだと思っていたんですね。子供の頃から、周囲にそう言われて育ちましたから。これといった勉強もしていないのにね」

「西部警察」に出演し始めた頃。バイクに乗って活躍する刑事役だった
「西部警察」に出演し始めた頃。バイクに乗って活躍する刑事役だった

 果たして、医大の試験に落ち、建築学科に進んだ。「まあ、絵画が好きだったし、建築家になろうと思って」

 ところが、在学中、夢中になったのは、遊ぶことだった。米俳優、ピーター・フォンダ主演の映画を見て、バイクに憧れた。革ジャンにサングラスで、大型バイクにまたがる。やがて東京・原宿でオートバイチーム「クールス」を結成。それが芸能関係者の目に留まる。「『映画をやれ』とか、『レコードを出さないか』って誘われて。興味はなかったけれど、お金をくれるんならって」

 1976年の映画「暴力教室」で銀幕デビュー。バイクを乗り回す不良生徒役で、主演で教師役の松田優作と殴り合う姿は、鮮烈な印象を残した。「内心は、早く帰って遊ぶことばかり考えていたんです。でも僕の出番はどんどん増えていって。映画を見た東映の岡田茂社長(当時)が『舘の主演作を作れ』って」

 同年の「男組 少年刑務所」、78年の「皮ジャン反抗族」など主演作が相次ぐ。そして79年からは、テレビドラマ「西部警察」に出演することに。

 大学には行かなくなっていた。「でも両親はずっと授業料を払ってくれていたようです。俳優業が長く続くとは思っていなくて、いつでも大学に戻れるようにって」

 86年からのテレビドラマ「あぶない刑事」も人気を呼んだ。「とっととやめるつもりだった」という俳優生活で、着実にキャリアを重ねていく。そこにはちょっと複雑な思いもあるという。「僕は運命論者というか運命のままにここまで来ちゃったんです。僕はね、自分からこうしたいと望んだことは何一つできなかった。医者にもなれなかったし、建築家にもなれなかった……」

 そして「『やりたい役は?』ってよく聞かれるけれど、ないんです。あえて考えないようにしているという方が正しいかな。何かをやりたいと思うと、できなかった時に傷つくんで。そりゃあ、与えられた役は情熱をもってやりますが、これをやりたいというのは、もう、(受験に失敗した)昔に諦めたというか……」。

 諦念の先、2018年には、映画「終わった人」で、モントリオール世界映画祭の最優秀男優賞に輝き、話題となった。「最初はやりたくなかったんです。現実が、まさに『終わった人』の年齢ですから。でも、『絶対にやった方がいい』って懇意だった黒沢満プロデューサーに促されて。そこまで言うのなら、やりますって。本当に人まかせの人生でしょ」(右田和孝)

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1790458 0 エンタメ・文化 2021/01/23 05:00:00 2021/01/30 14:12:03 2021/01/30 14:12:03 「西部警察」に出演し始めた頃。大型大型バイクに乗って活躍する刑事役だった https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210122-OYT1I50062-T.jpg?type=thumbnail

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