読売新聞オンライン

メニュー

第72回読売文学賞…受賞6氏と作品

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 第72回読売文学賞(令和2年度)が決まりました。選考委員の選評を紹介します。

「能」と巡り会い新境地

■戯曲・シナリオ賞

「未練の幽霊と怪物 挫波(ザハ)敦賀(つるが)」岡田利規

 岡田利規氏の受賞作『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』は、今まで彼が書いてきた「長いモノローグ」という作風が行きついた、一つの新境地である。これは彼が近年、「能」という伝統様式に、偶然巡り会えたことに始まっている。だが、誰もの作品が「能」の様式に符合するわけではない。その下地は、やはり彼が作り上げてきた、独自の「モノローグ」のスタイルにある。だから彼が、「能」に初めて向き合ってみたら、その様式が、彼の今までの表現スタイルに、きっと本人も驚くほどにしっくりいってしまった、ということではないか。劇作家には、テーマとは別にこうした様式との出会いということが起こる。その事で作風が決定づけられることさえある(別役実と「ベケットの様式」との出会いのように)。今回の岡田氏と「能」の出会いは、そんな予感さえする。「能」のテーマやスタイルを取り入れた現代劇は、三島由紀夫の「近代能楽集」を挙げるまでもなく無数にある。ただ岡田氏のこの作品は、能の「表現形式」そのものと能のシテが「死者」であることに、忠実に誠実にこだわっている。今まで彼が「モノローグ」という方法に潔癖であったように、この新境地においてもブレがなく潔癖である。表現方法に潔癖な表現者はいつの時代も良い表現者である。(野田秀樹)

おかだ・としき 1973年生まれ。横浜市出身。劇作家・小説家。演劇カンパニー「チェルフィッチュ」を主宰。2005年、『三月の5日間』で岸田國士戯曲賞。08年に小説『わたしたちに許された特別な時間の終わり』で大江健三郎賞。20年に読売演劇大賞・選考委員特別賞。

俳優術知り尽くす眼光

■随筆・紀行賞

「評話集 勘三郎の死」中村哲郎

 中村哲郎の『勘三郎の死』は、折にふれて書かれた芝居についての文章を集めたものであるが、その中に珠玉の名編がある。

 表題になった「勘三郎の死」は、若くして亡くなった十八代目勘三郎との生前の交誼こうぎを描いて、奔放で細心、勝ち気で、人を魅了する愛嬌あいきょうに富んだ勘三郎の素顔、人間性があざやかに描かれている。なかでも彼の芸を客席からとらえたところが優れている。それは「芸は人なり」という、その俳優の個性を反映した「芸」という日本独自の俳優術をよく知り尽くした批評家の眼光が鋭く光っているためである。

 その眼光は、一時代を画した二人の名女形歌右衛門と梅幸の分析にもいかんなく発揮されている。二人をラシーヌの名作「フェードル」に登場する女性二人、天性素直に育ったアリシー姫を梅幸に、妖艶ようえんなフェードルを歌右衛門に例える。そればかりでなく、フェードルを演じた西欧の名女優から日本の女優、あるいは二人以外の女形まで多くの俳優に言及して、名花爛漫らんまん。その本質を描き出す片言隻句が明晰めいせきで鋭い。

 この短い文章こそ、二人の名女形の在りし日の姿を残した名編であり、そこに光っているものこそ「芸」をもっともよく深く掘り下げた批評家の目である。(渡辺保)

なかむら・てつろう 1942年、山梨県生まれ。演劇批評家・研究者。少年期より歌舞伎や演劇に親しみ、創立時の国立劇場に勤務。『西洋人の歌舞伎発見』で芸術選奨新人賞。『歌舞伎の近代』で日本演劇学会河竹賞。『花とフォルムと』で芸術選奨文部科学大臣賞。

生と死の軌跡丁寧に

■評論・伝記賞

暴流(ぼる)の人 三島由紀夫」井上隆史

 昨二〇二〇年は三島由紀夫没後五〇年。虚弱体質から肉体改造に励み、話題作を重ねてノーベル賞候補にもなった社会的露出度の高い壮年小説家の劇場的な死が今なお影響力を持ち続けるのはなぜか。おそらく彼が生涯持ちつづけた存在感の稀薄きはくさが、半世紀後の現在広く一般に共有されるにいたったからではないか。

 昨年中に三島関連の出版物が相次いだ理由もそこにあろう。就中なかんずく刺激的で説得力をもって迫るのが本書。著者は決定版三島全集編集の中核にあり、膨大な資料を読み込んだ最先端の研究者として、三島の生と死の軌跡を丁寧に辿たどり、作品を克明に意味づけていく。そのすべての紹介は不可能だが、一例を挙げれば弱年期の習作詩集の幻の題名が二十年余を経て最後の大作の題名に定着を見た『豊饒ほうじょうの海』四部作との指摘だ。

 月面の非生命の砂漠の反語的呼称を出典とするこの語こそ、日本文学全史を通じても稀有けうな三島の質量共に豊饒華麗であると共に虚無感否み難い作品群を明示するとし、四部作の骨である仏教唯識論の阿頼耶識あらやしきが虚無の認識論であることを明快に読み解いていく。

 読者はこの読解を通して、世に難解とされる阿頼耶識がこのうつろな時代を生きる自分たちの痛切な実感にほかならないことに気づくのだ。(高橋睦郎)

いのうえ・たかし 1963年、横浜市生まれ。東京大文学部卒、同大学院博士課程中退。白百合女子大文学部教授。著書に『三島由紀夫 幻の遺作を読む』、『三島由紀夫「豊饒の海」VS野間宏「青年の環」』、編著に『津島佑子の世界』など。

百年間の悲惨さと愚かさ

■評論・伝記賞

「二十世紀日本語詩を思い出す」坪井秀人

 『二十世紀日本語詩を思い出す』という標題には、「二十世紀」「日本語詩」「思い出す」という三つのキーワードが使われている。「近代」「現代」といった漠然とした歴史時間を二十世紀の百年間に限定し、当たり前と思われていた「日本文学」内の詩歌作品を「日本語詩」と再定義し、“思い出す”という行為は、単に忘れられていた作品やジャンルを復活させるという意味だけではなく、文学史の組み替えや編み直しを意味するものだ。

 二十一世紀となって、二十世紀の「日本語詩」は根こそぎ忘れ去られようとしている。いや、それは忘却されるというより、もともと「日本文学史」上で考究の相手とされていなかったのだ。古めかしく難解な蒲原有明、すでに鑑賞期限の切れた北原白秋、植民地の汚辱の遺産である朝鮮日本語詩、過去の遺物として軽視され続けた戦後民衆詩、その存在すら知られていなかった合衆国移民詩、冷凍保存されたままのシベリア抑留者の詩群。これらを「思い出す」意味とは何か。

 それはまさに「二十世紀」の悲惨さと愚かさが“終わっていない”ことを証言するものだからだ。“思い出す”ことの苦渋と困難も、詩を味わう心のはずみとたかぶりを決してぐものではないことを、この評論は示している。(川村湊)

つぼい・ひでと 1959年、愛知県生まれ。国際日本文化研究センター教授(日本近代文学・文化史)。著書に、『声の祝祭――日本近代詩と戦争』『戦争の記憶をさかのぼる』など。『性が語る――二〇世紀日本文学の性と身体』で、鮎川信夫賞を受賞している。

唯一無二の詩形極まる

■詩歌俳句賞

句集「此こ処こ」池田澄子

 作者の第一句集所載の「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」を知った時、最初はその口語的で自在な読みようの柔軟さに驚き、何冊かの句集を読みつぐうちには、作者の精神そのものの柔軟さに驚いてきた。

 口語表現の柔らかさを採用しているが、言葉自体に対する姿勢は、非常に禁欲的で厳しい。本書はその作者の第七句集。表立っては大きな世界のことを詠んでいない。むしろささやかな景ばかりだ。それなのに、そのなかみはなんと大きいことか。

 「チューリップひらきぬひらきすぎにけり」。一瞬の写生なのに、背後にある世界の広さよ。「物干すと乾く此の世を唐辛子」。無常をこのように詠めるとは!「散る木の葉この世に入ってくるように」。メビウスの輪にとりこまれたかのような幻惑。「カーブミラーにぽつんと我や夜の小雪」。深い寂しさと突き抜けた客観性。「三月寒し行ったことなくもう無い町」「猫の子の抱き方プルトニウムの捨て方」。震災から何年たっても、作者は決して忘れない。「大雑把に言えば猛暑や敗戦日」。軽く書かれているからこその深い絶望。

 みずみずしさは作りはじめの頃と変わらず、句の中の世界はいよいよ深まり、「池田澄子」という唯一無二の詩形が、ここに極まっているのである。(川上弘美)

いけだ・すみこ 1936年、神奈川県生まれ。俳人。「トイ」「あに」所属。俳人・三橋敏雄に師事。89年現代俳句協会賞。句集に『空の庭』『たましいの話』『思ってます』ほか。著書に『休むに似たり』『あさがや草紙』、対談集『金子兜太×池田澄子 兜太百句を読む。』など。

原文に近いスピード感再現

■研究・翻訳賞

「源氏物語」(全3巻)訳・角田光代

 千年の古典が、角田光代氏の筆の力で現代小説の読みやすさを獲得した。かといって、するりと読み抜けるのとは違う。読者はしかるべきところで立ち止まる。

 たとえば「夕顔」の導入部。謎の美女が住まう館の板塀に、蔓草つるくさが茂り、「白い花がひとつ、笑うように咲いている」。卓抜な比喩に、原文を確かめてみたくなった。

<白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉ひらけたる。>

 こうなると、他の現代語訳が気になる。まず、谷崎潤一郎訳を参照した。

<白い花が自分ひとり得意顔に咲いています。>

 最近の林望訳では以下の通り。

<見れば真っ白な花が、一人にっこりと微笑ほほえむように咲いている。>

 他にも幾つか目を通したが、古典に通じた訳者は、つい説明的になりがちだ。角田訳はいったん飲み込んで、発酵させてから自身の言葉に落とし込む。敷衍ふえんしないため表現は簡潔となり、むしろ原文に近いスピード感が再現されている。

 角田訳の宇治十帖うじじゅうじょうを出色の出来と評した選者がいた。たしかに「浮舟」の異様な迫力には胸が締め付けられた。文学の物のが、作者と訳者、そして読者に憑依ひょういする。稀有けうな読書体験を約束してくれる新訳だ。(荻野アンナ)

 かくた・みつよ 1967年、横浜市生まれ。早大卒。作家。90年、「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、「ロック母」で川端康成文学賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞。

■選考委員(50音順) 荻野アンナ(作家、仏文学者)、川上弘美(作家)、川村湊(文芸評論家)、高橋睦郎(詩人)、辻原登(作家)、沼野充義(文芸評論家、ロシア・東欧文学者)、野田秀樹(劇作家)、松浦寿輝(詩人、作家、批評家)、若島正(英米文学者)、渡辺保(演劇評論家)

■贈賞式 2月15日(月)午後6時から、東京・内幸町の帝国ホテル。新型コロナウイルス感染拡大を受け、参加は関係者のみ。

■賞 正賞はすずり、副賞は各200万円。

無断転載・複製を禁じます
1810353 0 エンタメ・文化 2021/02/01 05:00:00 2021/02/01 05:00:00 2021/02/01 05:00:00 第72回読売文学賞・戯曲・シナリオ賞を受賞した岡田利規さん(23日、横浜市保土ヶ谷区で)=稲垣政則撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210131-OYT8I50007-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)