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「信長を憎くて殺すわけではない」…運命のらせん階段のてっぺん「本能寺」、大河どう描く

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 NHK大河ドラマ「麒麟きりんがくる」は、残すところあと1回。ベテラン脚本家の池端俊策が手がける戦国武将・明智光秀(長谷川博己)の一代記は、7日の最終回で、一大権力者となった主君の織田信長(染谷将太)を襲撃する「本能寺の変」を描く。どんなクライマックスを迎えるのだろうか。池端に聞いた。(笹島拓哉)

「光秀は自分だ」、脚本家・池端俊策が描く“謀反”

「麒麟がくる」の最終回(7日、通常より15分拡大し1時間番組として放送)で、本能寺に向かう明智光秀(長谷川博己)NHKより
「麒麟がくる」の最終回(7日、通常より15分拡大し1時間番組として放送)で、本能寺に向かう明智光秀(長谷川博己)NHKより

 「本能寺の変」は1582年(天正10年)6月、京都・本能寺に宿泊していた信長を、家臣の光秀が軍勢を率いて襲い、自害に追い込んだ事件だ。その動機については、歴史家の間でも「信長に対する恨み」「突発的な犯行」「将軍・足利義昭が黒幕」「四国政策を巡る対立」など諸説ある。

「麒麟がくる」脚本の池端俊策
「麒麟がくる」脚本の池端俊策

 脚本の池端は「本能寺の変に関する本は山ほど読みましたが、歴史をなぞるのではなく、あくまでドラマでやって、面白いかどうかが大事」と資料を調べた上、独自の解釈でクライマックスを考えたという。

 「いいドラマとは、意外性を面白く見せるもの」を信条とする池端は、本能寺の変で「信長を憎くて殺すわけではない」と苦悩する光秀を描いたという。本作は全体を通して「光秀と信長の友情物語」となっており、「友達を殺したくはないけれど、天下・国家のためには、非人間的な部分がある信長を殺さざるを得なかった。そんな光秀の心は痛ましいものですよ」

 本能寺の変で主君を裏切った光秀は「謀反人」との印象が強く、「やむを得ず信長を討った」という解釈は一般的ではない。一方で、「謀反人」という人物像は江戸時代に創作され、“後付け”で悪党にされたという見方がある。それを踏まえて、本作の光秀は、悪党とはほど遠い人物として描かれ、無益な殺生を好まず、戦のない大きな国を作るという夢を持つ。

 「光秀には時代を分析する知的な部分があり、それは現代人の目で見た感覚と同じ。だから、光秀は『自分だ』と思って書きました」と池端は打ち明ける。

 そんな思い切った人物設定ができたのは、40歳頃までの光秀に関する記録がほとんど残っていないからだ。天下を左右するほどの武将でありながら、いつどこで生まれたのかははっきりしていない。そのため青年期の物語はほぼフィクションで、視聴者が共感することのできる主人公像も自由に作ることができたという。

目的完遂に向け個人的感情は排除…現代にも通ずる決断

 光秀の人物像を丁寧に描くために、「光秀の目線に入ってこないものはなるべく描かなかった」という。例えば、織田・徳川の連合軍が武田軍に敗れた三方ヶ原の合戦のように歴史的に重要な戦であっても、光秀が従軍しなかったものは取り上げていない。「戦国時代を扱ってきた今までのドラマとは、違う風景を見せたい」との狙いもある。

 結果的に派手な合戦シーンよりも、個性派ぞろいの武将らによる心理劇が中心のドラマとなった。美濃(現在の岐阜県)の小さな武家で育った光秀が、国政の中枢に駆け上がる過程で、三淵藤英(谷原章介)や松永久秀(吉田鋼太郎)ら有力者と友情を深めていく。光秀が信長の家臣となった後、信長に背いた三淵と松永が相次いで自刃。何とか救おうとした光秀は、盟友らの死を受け入れざるを得なかった。「そんな(運命の)らせん階段のてっぺんにあるのが本能寺なんです」

 様々な伏線が張り巡らされた末に迎える本能寺の変については、こう話した。「個人的に好きな人でも、やるべきことを果たすためには、その人を外さざるを得ないことは、現代でもよくあること。視聴者の皆さんも自分に置き換えて、光秀の心情を感じてもらいたい」

信長役・染谷将太「最終回の脚本に鳥肌」

「新しい戦国ドラマになった」と口をそろえる(左から)染谷将太、長谷川博己、佐々木蔵之介 NHKより
「新しい戦国ドラマになった」と口をそろえる(左から)染谷将太、長谷川博己、佐々木蔵之介 NHKより

 「本能寺の変」の場面は昨年12月に撮影されたが、最終回に放送されることを除き、ほとんど情報は公開されていない。撮影終盤で取材に応じた出演陣は慎重に言葉を選びながら、クライマックスについて語った。

 光秀役の長谷川博己は「なぜ本能寺の変に至ったのかを、細かい心の機微を見ている方にも感じてもらえるように演じました」と言い、信長役の染谷将太は「(最終回の)脚本を読んだ時に感動して、鳥肌が立ちました。激しい感情がうごめくシーンになっています」と話す。

 本能寺の変に直接関わっていない羽柴秀吉役の佐々木蔵之介は、「本能寺に至るまでのシーンも見てきて、『光秀さんもそうなるわなぁ』と思いました。僕は備中高松で水攻めをしていますけれど……」。

 コロナ禍の影響で、昨年4~6月に撮影が一時中断し、放送も約2か月間休止した。それでも話数を短縮せず、異例の越年で放送する形となったことについて、染谷は「全44話で一つの作品だとしみじみ感じました」と述べた。主演の長谷川は「光秀を約1年8か月演じて、いろんなことはありましたが、キャラクターの深みが増したり、いろいろと熟考したりすることができました。明智光秀はこういう人生だったんじゃないかと疑わない感じになりました」と話していた。

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1821737 0 エンタメ・文化 2021/02/05 09:14:00 2021/02/05 11:53:19 2021/02/05 11:53:19 「麒麟がくる」の最終回で、本能寺に向けて出陣する明智光秀(長谷川博己) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210201-OYT1I50062-T.jpg?type=thumbnail

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