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千年の歴史に寄り添う作品で栄誉…読売文学賞、受賞者あいさつ

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 72回目を迎えた読売文学賞の贈賞式が15日、東京都千代田区の帝国ホテルで開かれた。源氏物語、能、歌舞伎、俳句から、20世紀の詩、三島由紀夫まで、日本文学の1000年の歴史に寄り添う受賞作で栄誉に輝いた6人の受賞者があいさつ。紫式部に敬意を表して研究・翻訳賞の角田光代さんが紫色の着物で登壇し、随筆・紀行賞の中村哲郎さんが井伏鱒二に一喝されたエピソード明かすなど、名スピーチが続いた。深い感動を呼んだ贈賞式を、選考委員の講評を含め一挙公開する。(文化部 池田創)

読売文学賞を受賞した(左から)岡田利規さん、中村哲郎さん、井上隆史さん、坪井秀人さん、池田澄子さん、角田光代さん
読売文学賞を受賞した(左から)岡田利規さん、中村哲郎さん、井上隆史さん、坪井秀人さん、池田澄子さん、角田光代さん

豊かな文学の六つの結晶、改めて祝福

各賞の講評 荻野アンナ選考委員

 今日は受賞者の皆様、おめでとうございます。

 今回小説賞は「該当作なし」でしたが、横並びの粒ぞろいという感じでした。それは小説というジャンルの幅広さを思い知らせてくれた事態でもありました。それは多様性の尊重の結果ともいえるもので、選考会のプロセス自体が極めて文学的な営為であったと思います。

 戯曲・シナリオ賞はすんなりと決まりました。選考委員が特に思い入れを持たれたのが、六本木でバブル前後を体験したサラリーマンの幽霊ですね。日本の近過去がありのまま俎上そじょうに載せられていただけで、なんか妖気が漂ってくる。それは能という古くて新しい形式が、うまく作動していたからだと思われます。

 随筆・紀行賞の中村哲郎さん。切れのいい、品のいい文体で、ページをめくる手が止まらなくなります。前半に勘三郎をはじめ、演劇界の重鎮の追悼エッセーが続くんですけどもこれが絶品でして、私はフランスの17世紀のボシュエを思い出しました。司教で軍人ですけれども、追悼演説の大変うまい人で、ボシュエに追悼してもらうなら死ぬ価値があると言われた存在でした。中村さんは日本のボシュエだなと感じました。著者の人間に対する愛情と演劇に対する愛情が相まって、読んでいると劇場の椅子に座っている感じがするという作品でした。

 評論・伝記賞は、2人同時受賞ということで、両作品とも拮抗きっこうしておりました。

 井上隆史さんの『暴流の人 三島由紀夫』は、三島由紀夫の膨大な作品を扱っていて、それでいて危なげがないです。三島という座標軸には、自身の内に沈静し、虚無とセバスチャンコンプレックスを形象化しようとする横軸があって、今度は社会に向かって開かれて時代の全貌ぜんぼうを捉えようとする縦軸がある。そういう読み方が最終的に全体小説を目指していた三島のありようを的確に捉えることを許してくれました。この作品に至って、学問の客観性に裏打ちされた論が可能になったという感想を複数の選考委員が持っています。

 次は坪井秀人さん。タイトルが雄弁ですね。「二十世紀日本語詩を思い出す」。これはプルースト的な文脈で思い出すというのがひとつ。さらに日本詩ではなく、日本語詩であるということがもうひとつ。作品の謎を明かしてくれるタイトルだと思います。作品の前半部分で地盤を固めて、後半に至ると、見事な建築物、構築物が立ちあがってくるという印象です。例えば朝鮮の作品を朝鮮詩人が日本語に略した例。そこではグッドイブニングという言葉が、グッイブニングというふうに、原語の発音に近く訳されていく。それを異なるものとして、移植しようとして読み解く。そういう読み方が可能なのだと教えていただいた。一読して、視野が広がったような思いのする重厚な作品でした。

 詩歌俳句賞の池田澄子さんですが、今年は俳句の当たり年と誰かがおっしゃっていました。その頂点を極めた作品だと思います。「まだ待てるこのマフラーは厚いから」。若い感性が作者の経験に裏打ちされて、すくい取られた日常が透明な輝きを見るに至るまで研磨されている。そういう印象ですね。「猫の子の抱き方プルトニウムの捨て方」。プルトニウムという大変剣呑けんのんな言葉ですけれども、この俳句のおかげで、初めて詩の世界に登場することができたのではないでしょうか。広く深い作品世界に選考委員はみな魅了されました。

 研究・翻訳賞は、角田光代さんの「源氏物語」。たくさんの先行訳があるわけなんですが、古典の専門家というのはどうしても説明を付けがちなんですけれども、そういう説明をあえてしない。自分の中にいったん作品を落とし込んで、何かそこで化学変化が起こって、訳文ではなくて小説の言葉として生まれ変わっている。古典というだけではなくて、小説として読める源氏物語が誕生したわけで、選考委員全員が拍手を惜しみませんでした。

 これが今回の豊かな文学の結晶、六つの結晶に対する選考委員の感じたことをまとめさせていただきました。あらためておめでとうございます。

自分の肥やしになる…エゴイスティックなもくろみ

戯曲・シナリオ賞

「未練の幽霊と怪物 挫波ザハ敦賀つるが」(白水社)

岡田利規さん

 そもそもの始まりが、能のオリジナルのテキストを現代語訳に翻訳してみないかと、誘っていただいたことでした。これは僕からするとむちゃぶりでした。なぜなら全然詳しくなかったですから。河出書房新社が池澤夏樹さん編集のもとで行った日本文学全集のひとつの試みとして、僕がそれをやりました。いいものになるかどうか確信が持てないけれども、引き受けることによって、それが自分にとっての肥やしになることは間違いないと思って、エゴイスティックなもくろみで、やりますとお答えしました。そしてたくさんの謡曲に触れる中で、能のテキストが持っている、構造にひかれ、それを用いて自分も何かを書けたらいいなと感じました。

 次のステップがそのような話をしたところ、それをやってみたらいいじゃないか、とミュンヘンの劇場でそう言ってもらえまして、実作を開始することができました。

 その次のステップで、そのミュンヘンの公演を神奈川芸術劇場でもやってみませんかと声をかけてくれました。それによって、今回賞をいただいた残りのふたつの作品、挫波と敦賀を書くことができました。

 そしてその次のステップで、今回知らせを受けたときにビックリしたんですけれども、このような栄誉のある読売文学賞をいただくことができました。

 僕がこの先に期待するのは、能の構造を使って、新しい自分の演劇作品を書いていく、作っていくという試みをこれからも続けていきたいと思っていまして、このように賞をいただけたことが、次へのチャンスをいただけることになったらいいなあと期待しています。賞をいただいたことで、そのような期待をさせていただけること、僕にとって何よりの励ましであり、喜びです。この度はありがとうございました。

「生意気を言うな!」井伏鱒二に一喝され

随筆・紀行賞

「評話集 勘三郎の死」(中央公論新社)

中村哲郎さん

 この度はいささかふつつかな、寄せ木細工のような一冊でしたので、こうして高い壇上に立たせていただくことに、何か忸怩じくじたる思いがあります。恐らくは多年、ご厚意にあずかっている渡辺保、高橋睦郎、両先輩をはじめ、諸先輩が私の老残を不憫ふびんに思われて、元気付けの養命酒をくださったものと、選考の先生方、読売本社、関係の方々、古くからの読者に厚く御礼を申し上げます。

 この読売文学賞というものは大変な賞であります。受賞者リストを拝見しますと、第1回には井伏鱒二先生のお名前が記録されている。私は幸いにも、10代の終わりからほぼ30年間、先生の謦咳けいがいに接したひとりです。この度の受賞のお知らせをいただいたときに、ゆくりなくも、ある思い出がよみがえりました。

 30代の終わりでしたが、ある新人賞をいただきましたときに、井伏先生がこうおっしゃってくれたんです。「哲ちゃん、新人賞だけではなくて、これからたくさんの賞を、もっともっと、とらなくちゃいけないよ」と。私もまだ当時は若くててらいがある年でしたし、仕事をしなくちゃいけないと思っていましたから、「賞はもういいですよ」と言葉を返したんです。

 すると先生の一喝にあいました。「生意気を言うな!」。あの温厚な、丸い、円満なご人格の先生からどなられたんですね。私は言葉もなく、首をすくめました。

 そのことを今回ゆくりなく思い出しまして、先生が第1回の受賞者に記録されている読売文学賞を私もやっといただくことができた。そのことにいささか感激しております。それと合わせて申し上げたいのが、折しも、東京歌舞伎座におきまして、17代目中村勘三郎の33回忌の追善が行われております。17代目、18代目の父子二代の名優には、わたしは色々な思い出もございますし、教えられるところも大変多かったです。本日は誠にありがとうございました。

三島をまるごと捉え、世界文学史に位置づける

評論・伝記賞

暴流ぼるの人 三島由紀夫」(平凡社)

井上隆史さん

 ありがとうございます。このような高い場所から申し訳ございません。タイトルの「暴流」というのは、仏教の阿頼耶識あらやしきという根源的な心が常に激しく動き続けているというのを、暴れ狂う川の流れに例えたものです。私の中では、三島由紀夫という人の激しい生き方であるとか、彼の生きた時代の象徴でもあるように思えまして、暴流という言葉をタイトルに使わせていただきました。

 三島由紀夫という人は本当に多面的というか、やめておけばいいのに、色んなことをしでかしてしまうので、ずいぶん、それで損をするとこもあると思うんですけれども、それを全体として、ひとつの存在としてまるごと捉えたいということをずっと思っておりました。

 もうひとつは三島由紀夫の業績を自分の力は及びませんが、世界文学の今に至るまでの長い歴史の中に位置づける、少しでもそういうことができたらと思って、書いていきました。三島由紀夫の中には病的というか、ちょっとこう暗い闇があるものですから、あんまり付き合っていると、こちらの精神状態もちょっとおかしくなる。家族もずいぶん迷惑したと思います。行き詰まったときには高橋睦郎先生の詩を読んで、心を落ち着かせて、また闇のトンネルを掘り続けるということが続きました。

 その結果をこのように認めていただいたということは、本当にありがたいことです。自分は野間宏や武田泰淳など、戦後の長編小説を書いた作家たちに関心があります。これから三島だけではなくて、戦後文学というものを世界文学の水準で位置づけるような仕事が少しでもできたらなあと、精進していきたいと思っております。受賞のことばにも書かせていただきましたが、このことを(担当編集で昨年病で亡くなった)松井純さんにもご報告申し上げたいです。ありがとうございました。

20世紀という時間の概念で考えた大きな挑戦

評論・伝記賞

「二十世紀日本語詩を思い出す」(思潮社)

坪井秀人さん

 この度は名誉ある読売文学賞を受賞させていただき、感激しております。今年は小説賞は「該当作なし」ということでしたけれども、過去の小説賞の受賞作を見ると、気後れするようなすごい作品が並んでいます。同時に読売文学賞が素晴らしいところは、詩歌賞があるというところです。詩歌賞がある、実作の受賞作の横に、私の詩についての本が受賞できたことをうれしく思っています。

 今回の変わったタイトルの本ですけれども、「思い出す」ということもさることながら、20世紀、日本語、詩という三つとも私にとって大切なものです。とりわけ20世紀という時間の概念で考えてみるということが、今回自分にとっての大きな挑戦でありました。

 わたしは1959年生まれですので、20世紀に3分の2を過ごして、残りの3分の1が21世紀ということになります。20年間、何も自分はしてこなかったという、内心忸怩じくじたるものがあって、20世紀というものを思い出して考えてみようということが、今回の本の出発点でした。

 思い出すということで申し上げますと、この本の基になっているのは、雑誌「現代詩手帖」に25回にわたって連載させていただきました。単著の「性が語る」というのがあるのですが、それは鮎川信夫賞をいただき、飲み明かしたのですが、現代詩手帖の方に言われて、連載をしてみて、この本ができました。

 「性が語る」の中では現代詩にも触れておりまして、伊藤比呂美さんという現代詩人について書きました。伊藤さんについて書き始めていた頃、金沢におりまして、伊藤さんと佐々木幹郎さんと高橋睦郎さんがいらっしゃって、高橋さんとお話ができた。そういう連関のようなものが脳裏をよぎります。皆様のお力添えで、本が作れたということ、こういう素晴らしい賞がいただけたこと、今後の励みとしていきたいです。

 本当にこの1年間というのは非常時というか、それまでの生活がうそのような引き籠もるような生活になっておりまして、何とかこういう状況が落ち着いて、皆様と祝杯をあげる日が来ることを期待しております。読売文学賞の今後の歴史に恥じないように精進して参りたいと思います。この度はありがとうございました。

「志して至りがたい遊び」肝に銘じて精進

詩歌俳句賞

句集「此処ここ」(朔出版)

池田澄子さん

 私はずいぶん遅くに俳句に出会いました。そして、三橋敏雄という俳人を師として、押しかけ弟子になりました。そして三橋敏雄の言葉、「俳句は志して至りがたい遊びである」という言葉を肝に銘じてせこせこ書いておりました。

 突然話が横に行くんですけど、私の父は医者でした。あの昭和の戦争の時に、漢口陸軍病院という所に、軍医として召集されました。その病院では敗戦の1年前にチフスが蔓延まんえんしたのだそうです。薬があるわけでなく、消毒薬がじゃぶじゃぶ使えるわけでなく、たぶん父は患者さんたちを救えなかったと思います。医者にとって患者を治せなかった、それはどんなにつらかったか。そして結局、父もその病気にかかって死にました。

 漢口というところがどういうところだったのか、何十年も思ってきました。そして去年、私が句集を作っていたとき、テレビの画面に突然、武漢という町があらわれました。漢口はその武漢にあるんです。武漢の町で、急ごしらえのような病院で、医師たちが、黙々と働いていました。私は本気で、あの医師たちにこの新型コロナウイルスがうつらないようにって、本気で、一生懸命祈りました。

 そういう去年があって、そして今年、ここにお招きいただくことがあって、私は、父の思いが私に通じたようなそんな気持ち、錯覚をいただきました。ありがとうございました。

壮大な無茶ぶりに心から感謝

研究・翻訳賞

「源氏物語」(全3巻)(河出書房新社)

角田光代さん

 この度は大変大きな賞をくださいまして、本当にありがとうございます。とってもとってもうれしいのと、1000年前の作者に敬意を表して、今日はコスプレ(紫色の着物)をしてきました。この場を借りまして謝辞を述べたいと思います。

 源氏訳をやることが決まったときに、ご自身がお持ちになっていた分厚い完訳本をくださった辻原登さん、そしてご自身で資料としてお使いになった段ボール1箱分の本を送ってくださった林真理子さん、そしてご自身が源氏訳をされる際に、京都にマンションを買って、そのマンションのお部屋に守ってもらおうと思って、歴代の彼氏の写真をずらりと貼ったら、校長室みたいになっちゃったのって話してくださった瀬戸内寂聴先生、そして上中巻と出るごとに毎回、いつも一緒に乾杯してくれた家族に感謝を伝えたいです。

 勝手にチーム源氏と呼んでいるんですけど、ご自身のお仕事もすごく忙しいのに、5年間訳文のチェックをしてくださった藤原克己先生、そして若菜が担当で、猫が出てくるから角田さんの訳がちょっと暴走しているけど、大目に見ましょうと言ってくださった林悠子先生、視力が心配になるくらいにチェックしてくださった校正の方、そして河出書房新社のみなさん、5年間一緒に走ってくださった編集者の東條律子さん、そして日本文学全集の編者である池澤夏樹さん。私も(戯曲・シナリオ賞の)岡田さんと一緒で、最初はなんてむちゃぶりをするんだろうと思っていましたが、5年たってみて、この賞をいただいて、いただいてなくてもですね、壮大なむちゃぶりに心から感謝しています。皆さん本当にありがとうございました。

「文学は永久に不滅です」

閉会あいさつ 辻原登選考委員

 読売新聞の良いところは、ジャイアンツと読売文学賞を作ったところです。文学は地上で最も燃えやすい紙に書かれ、紙に印刷された本のことです。本を巡る宇宙のことです。今後、文学は多くの困難に出会い、というよりすでに出くわしておりますが、そして文学の定義というものも、大きく変化するかもしれません。滅び、消えていくかもしれません。しかしさしあたって、今、長嶋茂雄さんの言葉を借りれば、「文学は永久に不滅です」と宣言したいところです。受賞者の皆さん、本日は本当におめでとうございます。

無断転載・複製を禁じます
1846441 0 エンタメ・文化 2021/02/16 16:36:00 2021/02/16 16:54:54 2021/02/16 16:54:54 読売文学賞を受賞した(左から)岡田利規さん、中村哲郎さん、井上隆史さん、坪井秀人さん、池田澄子さん、角田光代さん(15日午後6時52分、東京都千代田区で)=須藤菜々子撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210216-OYT8I50067-T.jpg?type=thumbnail

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