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「作家としてパンデミック考えたい」…カズオ・イシグロ、刊行インタビュー(後編)

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 ノーベル文学賞受賞後初の新刊『クララとお日さま』(早川書房)を著した日本生まれ、英国の作家、カズオ・イシグロさん(66)のインタビューの後編は、新型コロナウイルスの感染が拡大する中での文学の役割や、2019年に亡くなった被爆者の母の思い出などへと話題が広がっていった。取材を受ける間、常に穏やかな表情を崩さなかったイシグロさんは、コロナの問題に話が移ると、「ノーベル賞とは違って、作家として非常に気にかけるべき、注目すべき出来事だ」とはっきりと語った。

(文化部 池田創、待田晋哉)

カズオ・イシグロさんはこれまで何度も日本を訪れている(2015年6月撮影)
カズオ・イシグロさんはこれまで何度も日本を訪れている(2015年6月撮影)

コロナ禍で人は物語を求めた

――新型コロナウイルスの影響で、仕事に変化はありましたか。

 新型コロナウイルスの問題は、あまりにも大きな出来事で、世界の見方が一変するようなことでした。作家として、なかったことにはできません。このことについて、よく考えています。

 今回のパンデミックは、非常に奇妙なタイミングで来たと思っています。

 現代は、グローバリゼーションが進んで世界が小さくなり、世界的な企業が台頭している状況にあります。英国には、「ブレグジット」という欧州連合(EU)を去る出来事があり、米国はドナルド・トランプ氏が大統領に就任した4年間があった。世界的にはナショナリズムの動きが広がる中で、このパンデミックがやって来ました。

 世界はグローバリゼーションによって非常に密になり、経済的活動も密接につながっています。新型コロナに対応するには、世界的な機関や大きな力によって対処する必要があると思っています。

 作家として、パンデミックは考えなければならない問題です。世界的な大きな出来事と、それらに対する小さな個人の感情といったことは、私自身が常にテーマとしてきたこともあり、今回の出来事は見逃せません。

――新型コロナのパンデミック下における、作家や物語の役割をどのように考えていますか。

「例えば人間の動きを機械で再生できたら、それは人間がそのまま存在することと同じなのか」。現代への鋭い問題意識が言葉ににじむカズオ・イシグロさん
「例えば人間の動きを機械で再生できたら、それは人間がそのまま存在することと同じなのか」。現代への鋭い問題意識が言葉ににじむカズオ・イシグロさん

 英国は、昨年の3月からほとんどずっとロックダウンしていて、日常生活ができない状態です。オフィスへ行けず、家から出られない状況が続いている。当初は友人や仕事仲間と話をすると、ノンフィクションや新聞を読む人が多く、小説は読まないという反応があり、危機感を感じることもあったのですが、時間がたつにつれ、人々はフィクションを求めるようになりました。

 つまり、想像力の世界ですね。2020年の英国の本の売り上げは記録的な数字を残しました。本だけに限らず、長いテレビシリーズも人気を集めました。人々はこのような危機になるほど、物語を希求するものなのだと気づきました。

 物語を読むことで、私たちがどのような状況に置かれ、何をするべきなのか、誰もが考えたいのだと思います。

現代は科学と感情が対立している

――その傍らで、気になる世界の動きがあるそうですね。

 一方で、パンデミック下における米国の状況や、大統領選の前後に起きた動きを見て、自分のやっているフィクションを書く、人々の心を動かす、心を打つということに、いくらかの疑問を抱くようにもなりました。

 現在は非常に奇妙な状況が存在し、米国では大統領選挙を終えても、事実を信じない人々がかなり数多く存在することが分かってきました。今でも、トランプ氏が勝ったと信じている人がいます。

 特に難しいのは、陰謀論です。パンデミックは実際に存在しないという陰謀論さえ、インターネットを中心に蔓延(まんえん)しています。イギリスでも陰謀論を信じている人は多くいて、病院の前で「パンデミックやコロナはうそだ」と叫んで、デモをする人がいます。科学的な裏づけというものを無視し、自分の感情のままに信じたいものを信じる態度が、現在多くの人に広がっており、強い懸念を覚えます。

新型コロナウイルスは世界を揺さぶる。コロナ禍で人通りが閑散としたた東京
新型コロナウイルスは世界を揺さぶる。コロナ禍で人通りが閑散としたた東京

 やはり科学は非常に有用であり、科学に基づいた議論によって判断し、間違っているものは間違いと認め、物事を良い方向に進めていく態度が求められていると思います。

 現在の社会は、感情に基づく決定と、科学に基づく決定と、ふたつの対立の間にあるように思います。これは私にとって気になることです。

 私は常々、小説やフィクションというものは、感情を共有し、共感するために書くものだと思ってきました。事実や科学について書くのは、ノンフィクションや論文の仕事です。しかし、現在の状況を考えると、小説を書くということで、感情を共有する、共感を得ることが本当に正しいことなのか、重要なことなのか。現代社会の感情と科学の対立を見ていると、この点を考えざるをえないというのは事実です。

母はターミネーターのような人だった

――19年にお母さんの静子さんを92歳で亡くされたことを、お悔やみ申し上げます。亡くなったお母さんと文学作品の影響はありますか。

 お悔やみをいただいて、ありがとうございます。私の母は意志の強い人で、映画「ターミネーター」に登場するアンドロイドと言ってもいいくらい、子どもの幸せを最優先に考え続けた人でした。母が亡くなった時点では、この本の執筆はほぼ終わっていたので、影響というのはあまりなかったと思うのですが、この本は献辞で母に(ささ)げており、大きな意味があると思っています。

 人間はひどいこともするけれど、どの親も子どものことは気にかけて、面倒をみて、育てていく。親が子どもの心配をする、面倒をみるというのは、私は面白いことだと思っています。

 『クララとお日さま』に出てくる少女ジョジーの母親も、ジョジーが病気であることもあって、常にこの子にとって何がベストなのかを考えています。このようなキャラクターは、私の母親とも関連づけられると思っています。

科学と人間の進歩を考えるのは父の影響

――お父様については、いかがでしょうか。

 『クララとお日さま』と『わたしを離さないで』については、私の父が科学者であったということが影響していると思います。

 私は日本人の両親のもとに生まれて、5歳のときに英国へ渡りました。家の外は英国ですけど、日本的な家庭で育ちました。15歳になるぐらいまでは、日本に戻って生活するつもりだった。日本人的なことを教えられましたし、日本人として育てられましたので、日本人の感情があるのは間違いないと思います。

カズオ・イシグロさんの初期小説は、長崎ともゆかりが深い。「遠い山なみの光」に出てくる長崎市の稲佐山は、夜景スポットとして有名だ
カズオ・イシグロさんの初期小説は、長崎ともゆかりが深い。「遠い山なみの光」に出てくる長崎市の稲佐山は、夜景スポットとして有名だ

 出生地である長崎というのは非常に歴史的な都市であって、江戸時代には出島があり、世界と日本を結ぶ拠点となりましたし、1945年8月9日の原爆の悲劇もありました。

 科学というのは、人間の進歩について、重要な役割を果たす一方で、ひどいこともしてきた。父のキャリアを追いかけながら、そのようなことをずっと考えてきました。そのため、『クララとお日さま』や『わたしを離さないで』には、(科学と人間などといった)テーマが入っています。

 一方で、母の方は、長崎の記憶や土地と結びついています。私の初期作品である『遠い山なみの光』は、子どものころの記憶、母の記憶をもとに書きました。

新しい作品…「書いていない」

――最後に、新しい作品は書いていますか。

 書いていません(笑)

 『クララとお日さま』の原稿を仕上げてから、ずっと編集者とのやり取りが続いていました。もう少し科学的な説明を加えるべきかなど、最終的な編集作業に昨年は追われていました。

 パンデミック、そして英国のロックダウンのため、郊外の家に閉じ込められている状況でした。世界で何が起き、どうしたら安全に過ごせるのか、ということに時間を取られ、何かを執筆する状況ではなく、色々なことを考えている状況でした。

 現在は新作のプロモーションでインタビューや取材を受けているので、もう少し静かな時間が来たら、新しい本にも取り組みたいです。

旭日重光章の賞状を受け取り笑顔を浮かべる英国籍の作家、カズオ・イシグロさん(2018年9月)
旭日重光章の賞状を受け取り笑顔を浮かべる英国籍の作家、カズオ・イシグロさん(2018年9月)

 実感としては、この1年半で、これほど色々なことが起こったときはないのではないしょうか。パンデミック、米大統領選、警察による黒人への暴力行為に対する抗議運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」というムーブメント。イギリスはEUを離脱し、国は真っ二つに分断されてしまった。

 このような時代は、私のような作家はしばらくペンを置いて、いま実際に世界で何が起こっているのか、よく観察すべきだと思っています。様々な警告が世界に表れているので、それをじっくり観察する時間帯だと思っています。

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1883628 0 エンタメ・文化 2021/03/03 18:00:00 2021/03/03 18:00:00 2021/03/03 18:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210301-OYT8I50072-T.jpg?type=thumbnail

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