「単純に大きい声出すとか、そっから始める方がいいかも」…吉岡里帆を目覚めさせたベテラン
完了しました
<STORY1>
舞台「白昼夢」、引きこもり支援団体の会員役
「演劇的なウソに見える」「定石でやっている」
東京都内の稽古場で、演出の赤堀雅秋が、繰り返し注意を飛ばす。淡々とした口調だが、指摘の内容は細かく、容赦ない。「それだと強い女性に見える」「今のはチャラい」――。
20日から東京・下北沢、本多劇場で始まる舞台「白昼夢」の稽古。吉岡里帆は演技に試行錯誤していた。

「『観念的にお芝居をしないでください。即物的に』。赤堀さんにそう言われてすごく恥ずかしかった。確かにこれまでの仕事では、ちゃんと考え、自分の中で解釈して納得しないと演技ができなかった。でも、ここではそれが邪魔になる」
作・演出を手がける赤堀は、市井の人々の日常を生々しく描き、悲しみやおかしみをあぶり出すことに定評がある。「大逆走」「流山ブルーバード」など、赤堀作品を度々鑑賞した吉岡も、そんな魅力にとりつかれた。「舞台はあり得ない世界をやるもの、とどこかで思ってたんですけど、赤堀さんは映像作品の生っぽさを違う方法で超えてくる。ビリビリと肌で感じる感覚があり、心がしっかり動く。(赤堀作・演出の舞台)『美しく青く』に主演した向井理さんも、赤堀さんが作り出している人間にしか見えなくてビックリした」
前夜、大ゲンカしたのにケロッとして朝ご飯…「人は一面的ではない」

「白昼夢」は、社会になじめず引きこもりとなった中年男性(荒川良々)とその兄(三宅弘城)、父親(風間杜夫)を巡る物語だ。吉岡が演じる石井美咲は、引きこもり支援団体の会員で、会長(赤堀)とともに中年男性宅に通う。
「石井は献身的な気持ちがある人ですが、自身も引きこもりの経験があり心が弱い。話が進むにつれて共依存ぽさも感じる。自分が弱いから、引きこもりの男性とか、それに立ち往生しちゃってるお父さんとか、愛情が足りていないお兄さんとか、いびつな場所に吸い込まれていくのかな」
取材時、まだ台本は完結していなかったが、吉岡はしっかり人物造形をとらえていた。
夏、秋、冬、春と四季をたどる4幕構成。登場人物5人の関係性は、幕が移るとガラッと変化する。

「気まずい人間関係だったはずなのに、一つ季節をとび越えるとみんなが大笑いしている。え、どういうことって、お客さんは一瞬驚くかもしれないです。でも、人は一面的ではないし、大ゲンカしていた家族が次の日ケロッと一緒に朝ご飯食べているように、ある意味すごく自然だなあと思って。その不思議な感覚を丁寧に演じることができたら、心の動きを感じる空気感が作れるのかなあ」
湿った入り口の小劇場、ギラギラしていた学生演劇
森田剛と共演した「FORTUNE」、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の「ベイジルタウンの女神」と、吉岡はこの1年余り、意識的に舞台の仕事を選んできた。17年のテレビドラマ「カルテット」での“怪演”を機に飛躍し、CMでは見ない日がない“テレビの人”と思われがちだが、役者に興味を持つ最初のきっかけが、18歳の時に見た学生演劇だった。
「祖母や母が歌舞伎や新派が好きで、(京都)南座には行ってました。でも、同志社大の人たちが出ていた小劇場は入り口が湿ってる感じで何ともいえない空気感。みんな役に没頭していてギラギラしていた。これも舞台なのかって」
衝撃を受けた舞台の演目は、つかこうへい作の「銀ちゃんが逝く」と「蒲田行進曲」だった。その、つかの劇団の看板俳優だった風間と、今作で共演する。「風間さんは稽古初日、初めてセリフを発した瞬間から、(演じる父親の)『清』だった。本当にすごい人だと思った」
荒川には、顔の演技だけで胸を締め付けられた。「人生に絶望し、開き直りつつ少しの未練を感じている絶妙な表情。石井がどういう気持ちか分かってくる感覚があった。本当に天才」
吉岡が、殻に閉じこもっている役柄に引きずられ、演技まで縮こまってしまい悩んでいる時、ハッとする一言をくれたのは三宅だった。「単純に大きい声を出すとか、そっから始める方がいいかもね」。その言葉に、自身が有名になる前の時代の気持ちがよみがえった。「とにかく大きい声で、伝わりますようにって芝居をしていた」。実力者たちに囲まれる日々の稽古に、触発されている。
これまで培ってきた「わかりやすい演技」は、ここでは不要と理解した。「一度、自己否定から入らないと成立しない。でも、どう体現するか。無になろうとしてるのもバレる。混乱もする。でも、赤堀さんが目指しているところってすごいすてきな場所。私も何とか皆さんがいる場所に行きたい。そうなったら一番、お客さんたちに届くなって思える」
文・清川仁
写真・早坂洋祐