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「一番幸せ者」「リオのメダルは第一歩」…五輪待つ春、動画でふれる珠玉の名言<4>

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 各界の第一人者が経験を踏まえて語った名言に耳を傾けるシリーズの最終回は、東京オリンピックの開幕が7月に迫っていることから、日本勢が過去最多41個のメダルを獲得した2016年のリオデジャネイロ五輪での歓喜の言葉を二つ紹介します。また、このシリーズの締めくくりとして、人類初の月面着陸の直後に届いた肉声を動画で聞きながら半世紀以上前の快挙に思いをはせたいと思います。
 (見出しや写真をクリックしてください。動画のテロップは公開当時のものです)

 リオデジャネイロ五輪で日本は金12、銀8、銅21の計41個のメダルを獲得。その前の2012年ロンドン大会から金メダルは5個増え、メダル総数は史上最多を記録し、東京大会に弾みをつけた。

「出し切った。いい演技で一番いい色のメダルが取れて一番幸せ者だと思う」

 体操男子個人総合で、内村航平選手(27)がロンドン大会に続く金メダルを獲得し、1968年メキシコ、72年ミュンヘン両大会の加藤沢男(さわお)選手以来44年ぶりの2連覇を決めた。この種目の五輪2連覇は海外勢を含めても4人目の快挙で、内村選手は五輪と世界選手権を合わせ8大会連続で世界の頂点に立った。
 日本は古くから全6種目をこなす個人総合を重視。内村選手も「6種目やってこそ体操」と考える。疲労を気持ちで補い「1種目も、1秒も気を緩めなかった」。追い求めてきた「美しい体操」を極めた演技で、1点近くの大差を逆転し、0・099点差で連覇達成。自分に厳しい男が「出し切った。いい演技で一番いい色のメダルが取れて一番幸せ者だと思う」と珍しく自賛した。(熱闘!リオ五輪 第1週ハイライト編、2016年8月17日公開)
 補記:日本の体操は、男子団体総合は5連覇を含めて7度優勝。個人総合では遠藤幸雄(1964年東京)、加藤沢男(68年メキシコ、72年ミュンヘン)、具志堅幸司(84年ロサンゼルス)、内村航平(2012年ロンドン、16年リオデジャネイロ)の4選手がチャンピオンになっている。

「東京五輪で金メダルを取るのが目標。リオのメダルは第一歩」

 卓球女子団体は「銅」になり、2大会連続となるメダルを獲得した。3位決定戦でシンガポールを最後に突き放したのは、五輪初出場の15歳、伊藤美誠(みま)選手だった。国際卓球連盟によると、伊藤選手は15歳300日で卓球の五輪史上最年少メダリスト。リオ五輪を「東京五輪の個人、団体でしっかり金メダルを取るのが目標なので、まずはリオの舞台でメダルを取れたことは第一歩かなと思う」と振り返った。(熱闘!リオ五輪 大会の名場面を振り返る、2016年8月29日公開)
 補記:国際卓球連盟(ITTF)は2020年4月16日、最新(4月)の世界ランキングを発表し、女子シングルスで伊藤美誠が、現行の制度で男女のシングルスを通じて日本選手最高の2位になった。1位は陳夢(中国)。男子シングルスの張本智和は4位だった。

「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」

 アメリカの宇宙船「アポロ11号」のニール・アームストロング船長が、人類として初めて月面に降り立った時の言葉。初の月面着陸は、日本時間の1969年7月21日午前11時56分(米東部時間7月20日午後10時56分)。アームストロング船長の声は直ちに約38万キロ・メートル離れた地球に届き、そして世界を駆け巡った。
    ◇
 アメリカが月を目指した背景には、米ソの冷戦があった。ソ連は1950年代後半から宇宙開発で世界をリードした。57年10月に人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げ、61年4月にはユーリー・ガガーリン飛行士が有人宇宙飛行に成功した。
 宇宙へのロケット打ち上げ技術は、ミサイル、とりわけ核弾頭を搭載できる大陸間弾道弾(ICBM)の技術と密接に関係する。米本土は欧州とは海で隔たれ、遠いため、長らく安全とされてきた。しかし、その米本土を脅かす技術を見せつけられて、米国民は不安を募らせた。
 翌5月、当時のケネディ米大統領は対抗策として、60年代に月面に飛行士を送る「アポロ計画」を発表した。以後、アメリカは、ミサイル技術の対ソ優位を確認しても、ベトナム戦争が泥沼化して国内経済が悪化しながらも、国家の威信をかけた競争にまい進した。
 科学技術の粋を集めたアポロ計画だったが、月面着陸は「手動」だった。アームストロング船長は当時38歳。海軍のパイロット出身で、着陸船の操縦(かん)を握った。月の周回軌道に乗り、予定の着陸地点を目指したものの、多くの石があって着陸できず、やむを得ず飛び越して平らな場所を探す。燃料切れ寸前だが、着陸船を傷めないように軟着陸させる――。死の脅威に直面しながら幾つもの課題をこなしての着陸成功だった。
 アームストロング船長は月面に足を着けると、報告を始めた。着陸地点「静かの海」の名称にふさわしく、その口調も穏やか。そして、着陸と月面歩行の意義を、米国ではなく、「人類全体の大きな飛躍」と説いた。(バーチャル紀行 月へ行く アポロ11号の偉業から50年、2019年7月17日公開)
 (おわり)

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1954535 0 エンタメ・文化 2021/04/04 10:30:00 2021/04/06 20:07:29 2021/04/06 20:07:29 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210331-OYT8I50052-T.jpg?type=thumbnail

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