秀吉の天下統一前後の書状見つかる…同じ家臣宛て、統一後には「検地」指示
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豊臣秀吉(1537~98年)が、家臣に領地を与えたことを示す書状2通が、兵庫県たつの市の旧家で見つかった。同市立龍野歴史文化資料館が6日、発表した。2通は天下統一の前後に同じ家臣に宛てたもので、専門家は、秀吉の地方での権力基盤の形成過程を知る貴重な史料としている。
宛先は、播磨国(現・兵庫県西部)守護代の家系で、秀吉の家臣だった垣屋孫市。
書状は、1590年(天正18年)の天下統一前の1583年(天正11年)8月1日付と、統一後の1594年(文禄3年)10月17日付で、いずれも「摂州
江戸時代に孫市の子孫と婚姻関係にあった龍野藩家臣の旧家に残されており、姫路大の竹本敬市・元特別特任教授(古文書学)が発見した。
秀吉に詳しい県立歴史博物館の前田徹学芸員は「書状からは、秀吉が天下統一の過程でどのように地方の体制を固めていったかがうかがえる」と話している。
書状は24日から資料館で一般公開される。