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「これまでと同じだったら、コピーで終わってしまう」…米でクラシック聴きあさった小曽根真

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<STORY2>

 父の実はジャズピアニストでオルガン奏者。小曽根真は物心がついた時にはピアノをおもちゃ代わりにしていた。5歳の時にピアノを習い始めたが、「教則本があまりに退屈だった」と、すぐにレッスンを放棄。以後、もっぱらオルガンを独学で習得した。7歳の時には毎日放送(大阪)のテレビ番組に隔週でレギュラー出演し、オルガンの演奏をしていた。

 12歳の時、名ピアニスト、オスカー・ピーターソンの来日公演を聴き、衝撃を受け、「僕もジャズピアニストになる」と決意した。高校1年生の時に地元のジャズ祭で、親交のあった北野タダオ率いるアロージャズオーケストラにソリストとして参加。以後3年間、同オーケストラの一員として本格的に演奏活動を展開した。北野から米国最高のジャズ教育機関と言われるバークリー音楽大学への進学を勧められた。

 「ほぼ独学でやってきたので、体系的にジャズを学べるのは魅力でした。留学後はアロージャズオーケストラに戻って、将来は北野さんの後を継ぐというのが夢でした」

 1980年にバークリーに入学。経験的に理解していたことが理論化されていく数々の講義は、「まさに目からウロコが落ちるという感覚」で、小曽根の血肉になっていった。

 在学中からジャズクラブ出演など仕事にも恵まれた。また著名なジャズ雑誌のコンテストにも応募、学生部門で優勝した。この時、「まるでオスカー・ピーターソンのようだ」という評価を受け、無邪気に喜んだ。

 卒業後に帰国するつもりでいた小曽根を引き留めたのは、大学の教員でもあったビブラフォン奏者、ゲイリー・バートンだった。「マコトはとどまるべきだ」と、ビザ取得に奔走してくれた上、自身のツアーの伴奏者に起用してくれた。

 さらに大きなチャンスが舞い込んだ。卒業式の演奏を聴いていた名プロデューサー、クインシー・ジョーンズが自らのレコード会社との契約を持ちかけた。同時期に、自主制作していた音源がきっかけで、米大手のCBSからも誘われた。小曽根はCBSを選んだ。

 「まったく予期せぬ話で、逆に目がさめた。これまでと同じにやったらピーターソンのコピーで終わってしまう。録音までの半年間、縁のなかったクラシックを聴きあさるなど、新しいアプローチで、自分の音楽を一から構築しました」

 84年、初アルバム「OZONE」で世界デビュー。漂うような繊細な叙情美は、独創的と高く評価された。皮肉にも本人は敬愛するピーターソンになぞらえられなかったことに安堵あんどしたのだった。(西田浩)

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1975281 0 音楽 2021/04/10 05:00:00 2021/04/28 12:00:40 2021/04/28 12:00:40 ジャズピアニストの小曽根真さん(26日、渋谷区のユニバーサルミュージックで)=奥西義和撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210409-OYT1I50091-T.jpg?type=thumbnail

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