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[論壇誌 5月]一つの価値観に固執する弊害…米中対立の背景にも 発想転換促す

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 今月の論壇で目をひいた論考から浮上したのは、一つの価値観にこだわりすぎることの弊害だ。(文化部 小林佑基)

 国際政治学の中西寛氏は「品位ある社会の構築に向けて」(『アステイオン』)で、コロナ禍が終わっても、西側が国際秩序を主導するような「正常化」はしないと推測。冷戦終結時は圧倒的に見えたが、グローバリズムそのものや文明的な誘引力に弱さがあり、コロナ禍で秩序の弱さが広く示されたとする。多くの新興国が、市場経済には参加しても、政治や社会の体制まで共有してこなかったのはそのためという。中西氏は自由主義を「人間社会の価値観を何か一つの尺度で計り、そこから帰結する合理的結論を受け入れるか否かで社会を区分する発想」と定義。それを「様々な文明文化をもつ諸集団からなる人類全体に一元的に適用しようとすることはむしろ害悪をもたらすのではないだろうか」と問うた。

 近代アジア史の岡本隆司氏は、米中対立の背景にこの構図があるとする(対談「米中対立は『文明の衝突』なのか」、『Voice』)。中国から見れば、異なる二文明が存在しているにすぎず、「自分たちの範囲内さえうまくいっていれば、それでいい」。それなのに、米国側は「文明の衝突」的な図式に落とし込み、統治原理を押しつけてくるから反発するのだと説く。

 米外交問題評議会会長のリチャード・ハース氏らは「グローバルな大国間協調の組織化を」(『フォーリン・アフェアーズ・リポート』)で、訴求力を弱めた「欧米主導型のリベラルな秩序」では、21世紀の世界は安定しないとする。そして、今後生じかねない大戦争を回避するため、19世紀の欧州を参考にした大国間協調体制を実現させよと説く。想定するのは、米中印露や日本などが合意形成を目指して話し合う、“密室外交”の体制。国連などと違い、投票や、拘束力のある義務にはこだわらない。公平性が失われるなど、リベラルな国際秩序の後退ではあるが、現実的で最善の選択なのだとした。

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 とはいえ、日本が自由や民主主義の価値を唱える重要性も、多く指摘されており、おろそかにはできない。識者たちは、ミャンマー情勢などを巡る日本の曖昧な態度が、自由主義陣営で孤立するリスクになるとし、旗幟きしを鮮明にせよと論じる。他方で先の中西氏は、固定観念にとらわれた日本の自己認識を改めることを促す。先進的な西洋に次ぐ位置に日本がいるという国家像は、「現実とずれている」。日本が過去の栄光に執着した平成期、多くのアジア諸国は、情報化を軸とした脱工業文明に向けて先行している。だからどの国にも学ぶ意識を持ち、安易な二分法にも無原則な妥協主義にもくみせず、人類が「品位ある社会」に向かうために積極的に関与せよと主張した。

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 発想の転換を求める論考は、国内問題に関するものでも多かった。社会学の吉見俊哉氏は、「東京は復興したのか」(『中央公論』)で、東京への一極集中で効率を上げる手法は、富国強兵や高度成長の原動力になったが、グローバル化以後は衰退要因だと指摘。それなのに成長や発展といった直線的歴史観に呪縛されてきたから、東京という都市は、文化的営みとしての「復興」に失敗したとする。

 座談会「小室文書がさらした『眞子さまの危うさ』」(『文芸春秋』)では、政治思想史の片山杜秀氏が、国民からの批判が多い小室圭さんのような存在も、「織り込める力が必要」だと発言。世界的に価値観が多様化する中で皇室が存続するためには、常に揺れながらも倒れない、「柔構造」が重要と主張した。それはつまり、国民が柔軟になれるか否かに尽きるのだという。

 すっきりしない事態ばかりの現状と、どう折り合っていくかが問われているのかもしれない。

[私の3編]今の判断 数十年先を規定する可能性…中室牧子(慶応大教授・教育経済学)

 〈1〉高村ゆかり「カーボンニュートラルへ 日本の課題」 (『世界』6月号)

 〈2〉レベッカ・ヘンダーソン「環境問題を解決する資本主義」(『Voice』6月号)

 〈3〉佐藤進「巨大プラットフォーム 合併は利用者の不利益に」(『週刊東洋経済』5月22日号)

 昨年10月に菅首相が「2050年カーボンニュートラル」という目標を表明した。石炭火力発電に対する政策を含めて、わが国のエネルギー政策は抜本的に転換を迫られる。〈1〉では環境法を専門とする著名な研究者の筆者が、現状の対策と目標の間には相当のギャップがあり、このギャップを埋めるには目標実現のための課題を明確化し、企業や家計の行動変容を促す長期的なビジョンがはっきりと示されることが重要であると説く。エネルギー関連インフラはその寿命が長く、今の判断が数十年先の社会のあり方を規定する可能性を指摘している。

 特に企業が収益を上げつつ、環境問題解決に貢献することが可能だと主張するのが〈2〉である。EUが導入した「ESG投資開示規制」のように、企業の環境問題への取り組みに関する情報が開示され、顧客や投資家の意思が反映されることが重要であると述べる。

 〈3〉は世界中で起こるGAFAなどのプラットフォーム同士の合併を規制する政策介入について検討する。プラットフォーム同士の合併は、利用者の増加によって利用者が得る利益が大きくなる「ネットワーク効果」が期待される。一方でプラットフォームが大きくなることで、市場の中での支配的地位が増し、値上げが行われやすくなる。筆者の研究によれば、プラットフォームの合併が消費者にとって得になるかどうかは、合併前のプラットフォームの大きさが鍵になる。小さなもの同士の合併は消費者にとって得になるが、巨大なものの合併は損になる可能性が高いということだ。

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2080458 1 エンタメ・文化 2021/05/27 05:00:00 2021/05/27 05:00:00 2021/05/27 05:00:00 慶応大・中室牧子教授(教育経済学)。2019年8月26日朝刊[論壇誌 8月]「新たな地政学的競争」掲載。本人提供写真★ https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210526-OYT8I50087-T.jpg?type=thumbnail

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