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消費者金融の役割と社会…小島庸平・東京大准教授 「サラ金の歴史」刊行

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 消費者金融はかつて、激しい取り立てなどで社会問題になった。『サラ金の歴史』(中公新書)を刊行した東京大准教授の小島庸平さん(日本経済史)は、「消費者金融には合理性があったから社会に受け入れられた。批判だけでは問題は解決しない」と語る。

 1960年代に生まれた「サラリーマン金融(サラ金)」は、勤務先など個人の属性をもとに金を貸すか決める「与信判断」を下し、無担保で不特定多数の人に金を貸す技術を、日本で最初に編み出した。

 小島さんは、「創業者たちは社会を的確に見て、個人の生活や消費行動からニーズをすくいとった」と指摘する。例えば高度成長期の会社員は、部下に気前よくおごることなどが出世の要件とされた。その遊興費を貸したのが消費者金融だった。また、不況による70年代の家計窮迫を見るや、主婦に向けた宣伝用ポケットティッシュの街頭配布をいち早く始めた。

 70年代は、消費者金融の規模拡大も進んだ。不況に直面した銀行からの融資が始まり、業者間の信用情報の共有なども行われた。「リスクの高い債務者にも金を貸し出せるようになった反面、自殺者を急増させた。経済合理性が貫き通されるとこうなるのかと、背筋が寒くなった」と振り返る。

 「過剰融資が多くの人々を自殺や貧困に追い込んだことは紛れもない事実」だが、「サラ金を生んだ日本社会の性格を、経済史の観点から振り返りたかった」という。このため当事者への聞き取りは行わず、文献史学の手法で検証した。

 見えた一面が、「サラ金が、貧困層を救う安全網としての役割を果たしてきた」という「奇妙な事態」だった。新型コロナウイルス禍の現代でも、消費者金融が債務者に、コロナ関連の給付金などについて案内する事例を耳にしたという。「営利企業がその役割をしている状況に、日本社会はこれでいいのかと思った」

 成長を続けた消費者金融は21世紀に入り、規制強化などで急速に勢いを失った。多くの業者が銀行の傘下に入り、銀行カードローンが主流となった。だが、消費者金融は生き延びており、コロナ禍による不況で復調の兆しもある。「今後、規制の網を抜けてどう変化していくか、注視が必要だ。日本社会が、国の借金の山にどう 対峙たいじ していくか考える上でも、消費者金融の歴史を振り返る意味はあるのではないか」(小林佑基)

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2150377 1 エンタメ・文化 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:00:00 小島庸平・東京大准教授 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYT8I50125-T.jpg?type=thumbnail

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