読売新聞オンライン

メニュー

調査報道のジャンル確立…立花隆さんを悼む

[読者会員限定]
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

事務所は大量の本や資料にあふれていたが、立花さんはその中から、お目当ての本をすっと手に取ってみせた(2020年1月)
事務所は大量の本や資料にあふれていたが、立花さんはその中から、お目当ての本をすっと手に取ってみせた(2020年1月)

 4月30日に80歳で亡くなった立花隆さんは「知の巨人」とも称されたが、単なる知識人ではなく、人間の本質から世の中の真実までも貪欲に知ろうとした人だった。同時代に執筆活動をしてきたノンフィクション作家の柳田邦男さん(85)には談話で、その背を見てきた専修大教授の武田徹さん(62)には緊急寄稿で、立花さんの仕事を振り返ってもらった。

権威、権力にへつらわず…柳田邦男

 大宅壮一ノンフィクション賞や講談社ノンフィクション賞の選考委員として25年ぐらい、候補作品について議論する間柄だった。酒を飲んだり雑談を交わしたりするような仲ではなかったが、1年に何度も議論していると考え方がよく見えてくる。もちろん同じノンフィクション作家として、作品は常にウォッチしていた。

 彼は、ある社会的問題を徹底的に調査・分析して社会に伝えるという、調査報道のジャンルを確立させた。そこに彼の仕事の大きな意義があり、日本のジャーナリズムの歴史に地殻変動をもたらしたと言える。「田中角栄研究」が出た1970年代は、アメリカでもウォーターゲート事件を巡る報道といった、独自の取材による調査報道が盛んになっており、世界的にも一つの潮流になっていた。

 彼と田中角栄との関わりは、ロッキード事件の裁判を通してその後も長く続いた。だが彼は、私にこんなことを語ったことがある。

 「田中角栄と関わりあったことは、人生において無駄な時間だった。哲学や人間学をもっと深めたかった」

 彼の原点にあったのは、物事の奥底にある普遍的な真実を究めたいという思いだったのだ。

 取り組むテーマを見ると、それがよく分かる。宇宙飛行士や科学者へのインタビューを重ねたり、脳死について考えたり。かと思えば、日本や世界の歴史に興味を持って、東大の歩みを研究してみたり。古今東西の本を読み、知を増やすことに本当に貪欲だった。そして、科学を思想のよりどころにして、分析的に人間を考えていた。

 彼のような存在は、日本の知識人の歴史で見ると非常にユニークで、肩書をつけにくい。独立独歩の精神で権威や権力に何のへつらいもなく、フリーの立場を長く続けた。評論家とも称されるが、世相をなめ回すだけのような他の評論家とはまったく違った。とことん知的で、理屈で詰めていく姿勢があった。

 一言で言えば、時代の生々しい動きと関わりながらも、調査研究によって物事の本質をつかもうとする探究者であり、つかんだ事実をベースに、その文脈の中で読者に語りかける「新しい形の作家」だった。

科学界にも与えた刺激…武田徹

 ノンフィクション作家と紹介されることも多かったが、日本のノンフィクションの書き手としては、ドラマチックな展開で物語的面白さを出そうとする指向が希薄で、事実にこだわる姿勢が極めて強かった。それは物語的演出を 軽蔑けいべつ するというような狭い 料簡りょうけん で選択されていたのではなく、物語を好み、問いに答えが出ることで安心したがる傾向などすべてを含め、人間という事実、世界の成り立ちの事実に興味が向いていたためだったと思われる。

 神の視点というと、宗教にも深い見識があった立花氏は怒るだろうが、神に近い 俯瞰ふかん 的、大局的な視点で世界を見ようとしていたのだと思う。著書の『サル学の現在』は京大の霊長類研究を入口に学説史の紹介をしながら、人間とそれ以外の歴史をも描き出しているし、『精神と物質』も分子生物学の当時の最新到達点の紹介を通じて、物質の秩序と人間の精神的なものとの関係を描き出している。

 特筆したいのは『臨死体験』での取り組みだ。実証研究になじまないために科学者が踏み込めない領域に、ジャーナリズムとして踏み込み、その成果を発表して刺激を与えることで科学研究にも貢献するという、アカデミック・ジャーナリズムを実践した。

 『中核VS革マル』も宣伝ビラまで資料にするという方法的果敢さで注目すべきだが、『日本共産党の研究』、そして知名度的には最高の『田中角栄研究』といった政治の世界に関わる仕事は、いずれも人間という存在、世界の成り立ちへの興味という普遍的な文脈の中でなされた仕事であり、政治的な部分だけを評価すべきではない。

 知性的な印象が強い立花氏だが、自伝的な作品を読むと悩み、 逡巡しゅんじゅん した過程も追える。ヴィトゲンシュタインに影響を受け、今、眼の前にある世界の存立根拠がいかに希薄であるかも意識していた。宗教関係書の読書を含む多感な青年期の経験から、世界を確かに認識するために調べ、考え、書くことに終始した人生だったのではないか。

 神保町の駅で紙袋に大量の本を入れて帰宅する立花氏を見かけたことがある。外見ではかなり弱られた印象をもったが、それでも資料を読み続ける意志の強さに圧倒された。

宇宙飛行士目指す人生決定づけた本…野口聡一さん

 立花隆さんと対談するなど親交のあった宇宙飛行士の野口聡一さん(56)にも談話を寄せてもらった。

          ◇

 高校3年生の時、立花さんの著書『宇宙からの帰還』に出会いました。米国人宇宙飛行士らにインタビューしたものです。ちょうど将来を考えていた時期で、職業としての宇宙飛行士を明確に意識するきっかけになりました。宇宙に行くことが人間の内面に与える影響や、宇宙飛行士といえども弱さや迷い、葛藤を抱えている姿が描かれ、普通の人間がやる仕事なのだと感じたのです。

 2005年に宇宙飛行の夢を実現して帰還し、雑誌の対談企画で初めて立花さんにお目にかかりました。自分の人生を決定づけた本の著者とあって、とても緊張したことを覚えています。その後も様々な場でご一緒し、広い視野からご指導をいただきました。

 宇宙体験を経て自分の中で何が変わったか、その体験をいかに言葉として伝えられるか。宇宙飛行士、研究者としての私のテーマであり続けています。

無断転載・複製を禁じます
2150371 1 エンタメ・文化 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:34:15 2021/06/24 05:34:15 新書『知の旅は終わらない』を刊行した評論家の立花隆さん。2020年1月31日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYT8I50126-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)