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立花隆さん死去、80歳…「田中角栄研究」「脳死」 知の巨人

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 徹底した調査報道で、当時の首相退陣の引き金となったリポート「田中角栄研究――その金脈と人脈」をはじめ、政治や社会、科学など幅広い領域で執筆活動を展開した、ジャーナリスト、評論家の立花隆(たちばな・たかし、本名・橘隆志)さんが4月30日、急性冠症候群のため亡くなった。80歳だった。

ひょうひょうと人生を振り返る立花隆さん(2020年1月)
ひょうひょうと人生を振り返る立花隆さん(2020年1月)

 立花さんは長年、糖尿病や心臓病、がんなどの病気を抱えていた。1年前に大学病院に入院したが、検査や治療、リハビリなどを拒否し、旧知の病院に転院していた。告別式は家族葬で済ませた後、樹木葬で埋葬された。

 1940年、長崎市生まれ。64年に東大文学部仏文科を卒業し、文芸春秋に入社後、2年半で退社。再び東大文学部の哲学科に籍を置き、フリーのジャーナリストとなった。74年に発表した「田中角栄研究」は登記簿などの証拠を一つずつ積み上げる取材で田中首相の金権政治の実態を暴いた。

 その後も、「中核VS革マル」や「脳死」「臨死体験」「天皇と東大」など、同時代的なテーマを通して、現代社会に底流するものを探る密度の濃い話題作を次々と執筆。黒いビルの曲面いっぱいにネコが描かれ、膨大な蔵書を収めた通称「ネコビル」と呼ばれた3階建ての仕事場で、仕事を続けた。哲学や宗教、宇宙、脳科学、サル学など、興味は様々な方面に及び、「知の巨人」とも称された。

 79年に「日本共産党の研究」で講談社ノンフィクション賞、83年に菊池寛賞、98年には第1回の司馬遼太郎賞を受賞するなどした。東大特任教授も務めた。

「人間とは何か」尽きぬ情熱

 立花さんは3万冊の本を読み、100冊の本を書いたとも言われる。旺盛な仕事の根底にあったのは、「人間とは何か」に対する興味だった。好奇心にあふれた人柄は、多くの分野の第一線の研究者や書き手にも慕われていた。

 「関心や興味の前には、恐怖もふっとんでしまうような人だった」

 日本の調査報道の先駆けとなった「田中角栄研究」を振り返り、政治学者の御厨貴さんは語った。影響力の大きさから、当時多くの人が尻込みした田中首相の金権問題を調べた立花さんの取材姿勢を高く評価する。

 「今のジャーナリストは、立花さんのような『突破力』を失っているように思う。脳死や宇宙の問題も、何も知らないところから専門家に聞き、知識を蓄え、最後はその専門家を超えていった」と振り返った。

 多くの体験者から直接話を聞いた「臨死体験」や宇宙飛行士にインタビューを重ねた「宇宙からの帰還」など、丁寧で精密な取材を貫き続けた。ノンフィクション作家の後藤正治さんは、「立花さんは本質的に、いい意味で理系の人だった。 分けし、分析する力が突出していた」と話した。

 「調査報道の金字塔となった『田中角栄研究』も、田中に怒り、個人を掘り起こすというよりは、権力や集金の構造や力学を解き明かしたいという情熱が強かったように見えた」という。

 山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長は、同研究所が開設された11年ほど前に対談した。「立花さんは、iPS細胞の倫理的な課題を見据えつつ、生命の謎を解明する研究を進めることの重要性を理解しておられ、立花さんの言葉にずいぶん励まされました。心より哀悼の意を表します」とのコメントを出した。

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2151108 1 エンタメ・文化 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:00:00 新書『知の旅は終わらない』を刊行した評論家の立花隆さん。2020年1月31日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210624-OYT1I50011-T.jpg?type=thumbnail

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