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明治~大正期に建てられた旧遊郭の建物を保存する動きが各地で広がっている。映画やアニメの舞台として取り上げられることもあり、観光資源として注目が高まっているが、老朽化で維持が困難な建物も多い。専門家は「女性が搾取された『負の歴史』を含めて、伝えることが重要だ」と指摘する。(大原圭二)
■保存資金募る




大阪市西成区の大衆料亭「鯛よし百番」に4月、大阪市立大の学生ら約20人が集まった。運営会社が今秋に予定する補修に参加する学生らで、同大大学院の布施和樹さん(23)は「細部まで工夫が凝らされ、圧倒された」と興奮気味に話す。
建物は、大正末期頃に完成した木造2階建てで、当時日本最大級の遊郭だった「飛田遊郭」でも指折りの豪華さを誇った。1969年に酒類販売業者が購入し、料亭として再スタートした。
応接間は日光東照宮(栃木県日光市)の国宝「陽明門」をまねたデザインで、中庭に住吉大社(大阪市住吉区)の「反橋」にそっくりな橋がかかる。その造りは「毒々しく嫌悪感さえ覚えるような美しさを有する」と評され、2000年に国の有形文化財に登録された。
しかし、建築から100年近くがたち、外壁がはがれるなど傷みが目立つように。04年に補修したが、ふすま絵などの破損が悪化し、補修に踏み切ることにした。費用は1500万円かかる見通しだが、コロナ禍で売り上げが激減し、運営会社が地元の不動産会社に相談したところ、クラウドファンディング(CF)で資金を募ることを提案され、建築再生に詳しい市大の研究室が協力することになった。
CFは近く開始予定で、今の建物を記録するため、VR(仮想現実)映像で撮影し、「文化財保存プロジェクト『鯛よし百番』」としてネット上で公開している。運営会社の三宅一守さん(79)は「建物を後世に残すのが所有者の務め。コロナ禍が収束すれば、多くの人に来てもらいたい」と話している。
■全国600か所に
遊郭に関する書籍を扱う「カストリ書房」(東京都台東区)によると、遊郭は江戸時代に幕府が制度化し、明治期には全国に約600か所あった。1957年の売春防止法施行後、多くは料亭や旅館に姿を変えた。
近年遊郭を取り上げた映画やドラマは多く制作され、年内にテレビ放送が予定されるアニメ「鬼滅の刃」の続編も遊郭が舞台となる。
特徴的な内装は海外でも注目が高く、京都市下京区では2019年、明治期の遊郭建築をリノベーションした宿泊複合施設「アンノウンキョウト」がオープン。坪庭や建具、タイルなどは当時のものを残しながら、客室やレストランを整備し、宿泊しながら仕事ができるスペースも備えている。
マネジャーの保坂沙央里さん(33)は「外国人客は当分見込めないが、働きながら休暇を取る『ワーケーション』の需要をとりこみたい」と話す。
■行政が補修
一方、旧遊郭の建物の多くは老朽化が激しく、取り壊しも相次いでいる。売春が行われた歴史から、地域で保存の機運が盛り上がりにくいことも背景にある。
奈良県大和郡山市では20年春、明治期の遊郭建築3棟が解体された。現存するのは5棟のみとなったが、うち1棟の大正末期に建てられた旧川本家住宅(国登録有形文化財)は市が耐震補強工事をして、観光施設「町家物語館」として18年にオープンした。
ハート形の窓「猪目窓」など特徴的な意匠がそのまま残されており、市観光戦略室の植田早祐美室長は「特殊な技法が取り入れられた貴重な建築物。かつて遊郭が存在したという歴史を知り、女性の権利などについて考えるきっかけにしてほしい」と話した。
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遊郭の歴史に詳しい近畿大の人見佐知子准教授(日本近代史)の話 「建物は直接目で見て、手で触れて、当時の生活実態を感じられる点で貴重だ。遊郭はドラマなどで肯定的なイメージで語られることがあるが、借金で女性の自由を奪い、尊厳が損なわれたことは歴史的事実だ。建物を保存するだけでなく、そうした歴史をしっかりと説明していくことが重要だ」