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玉三郎なくして生まれなかった映画「夜叉ヶ池」、魂鎮める子守歌

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 坂東玉三郎さんが主演した1979年の映画「 夜叉ヶ池(やしゃがいけ) 」が今、改めて注目を集めています。篠田正浩監督が、歌舞伎の女形の玉三郎さんと、日本映画のお家芸の一つ「特撮」を生かしてつくりあげた幻想的なファンタジー。公開後は見る機会のほとんどない幻の作品となっていましたが、篠田監督と玉三郎さんの監修のもと、4Kデジタルリマスター版で映像も音も美しくよみがえり、42年ぶりにスクリーンに戻ってきたのです。東京・渋谷のミニシアター、ユーロスペースでの特集上映「篠田正浩監督生誕90年祭 『夜叉ヶ池』への道」で公開されています。初日の7月10日、同劇場で舞台あいさつに立った2人の話は、とても感動的なものでした。たっぷりご紹介します。(文化部 恩田泰子)

「夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版」劇場での公開初日に臨んだ篠田正浩監督(右)と坂東玉三郎さん
「夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版」劇場での公開初日に臨んだ篠田正浩監督(右)と坂東玉三郎さん

4Kデジタルリマスター版、カンヌでも上映

 泉鏡花の戯曲に基づく物語は、山沢学円(山崎努)という学者が、2年前に消息を断った親友の萩原晃(加藤剛)を捜して、日照りが続く村にやってきたところから始まります。その昔、竜神が封じ込められたという夜叉ヶ池のほとりへ足を延ばすと、そこには百合(玉三郎)という美しい女が夫とともにひっそりと暮らしていました。実はその夫こそが、晃。不思議な縁で、竜神を封じ込めるために日に3度、鐘をつく鐘楼守となっていたのです。

「夜叉ヶ池」の学円(山崎努) (C)1979/2021 松竹株式会社
「夜叉ヶ池」の学円(山崎努) (C)1979/2021 松竹株式会社

 夜叉ヶ池の竜神・白雪姫(玉三郎2役)は恋しい相手と離れ離れですが、鐘がつかれている限りは、身動きが取れません。そうやって村の暮らしは守られてきましたが、村人たちが取った愚かな行動が大惨事を引き起こします。

 まるで竹久夢二の絵から抜け出てきたような、たおやかな百合と、高貴で激しい気性を持つ歌舞伎の赤姫そのものの白雪。2役を1人で演じる玉三郎さんの美しさに加え、夜叉ヶ池の下で異形の者たちが織りなす奇妙だけれど魅力的な世界、そして、クライマックスでの特撮といったら。壮大な作品ですが、上映用のフィルムの劣化も進み、幻の作品となっていました。が、昨年夏、篠田監督と玉三郎さんが再会。「ぜひ、今の観客に見てもらいたい」との思いが一致し、フィルム原板をもとに4Kデジタルリマスター版が作られ、見事に復活しました。今年のカンヌ国際映画祭では、歴史的な作品や名作に光を当てるカンヌクラシックス部門で上映されて評判を集めたそうです。

「夜叉ヶ池」の白雪姫(坂東玉三郎) (C)1979/2021 松竹株式会社
「夜叉ヶ池」の白雪姫(坂東玉三郎) (C)1979/2021 松竹株式会社

特撮と伝統芸能が結実、改めて観客に提示

 初日舞台あいさつには、篠田監督と玉三郎さんがそろって登場。まず、篠田監督から、作品をよみがえらせた経緯が語られました。玉三郎さんとの再会からすべてが動き出したのだそうです。

篠田  去年、玉三郎さんに会いたくて声をかけたら彼も会いましょうと。これはどうしても見せなきゃいけない映画じゃないかと私40年間、ひそかに(この映画を)見ていました。これを作ったのは僕じゃない。坂東玉三郎という才能と情熱がないと――。

「夜叉ヶ池」のアンダーワールド (C)1979/2021 松竹株式会社
「夜叉ヶ池」のアンダーワールド (C)1979/2021 松竹株式会社

――篠田監督と親交のあるアメリカの名匠、マーティン・スコセッシ監督も最初の公開当時、「玉三郎さんの演技と、あなたが彼を演出した素晴らしい手法に魅了されました」「(夜叉ヶ池の中の)アンダーワールドで繰り広げられるシーンでは、あなたは日本の文化と伝統の神髄を捉えています」などと絶賛の手紙を寄せていたそうです。

篠田  特に玉三郎さんが百合の役、(つまり)世話物の女房、リアルな日常の人妻の役を、女形という芸術で見事に演じた。もう一つの白雪姫は、歌舞伎における赤姫と呼ばれる女形の立役。私は40年前、この2役を演じることが可能なのは、この世に坂東玉三郎しかいないと思いました。

篠田正浩監督
篠田正浩監督

 この坂東玉三郎と映画を作って、そのまま蔵の中にしまいこまれて跡形もなく消えていく寸前にあったのは、これは私にとっても大きな責任だ、これを演じた玉三郎さんのことはもちろん、(スタッフが)心血をそそいだ特撮技術と、女形という特別な日本の伝統芸能がこの映画で結実したということを、もう一度、新しい観客に見てもらいたい、うわさだけの夜叉ヶ池になっているのを世に出しましょうと、玉三郎さんに協力を求めたら快く受け入れてくれた。

監督も私も、まだ若かった

――デジタルリマスターが完成したら2人で舞台あいさつに立つことはその時からの約束だったそうです。続く、玉三郎さんの言葉からは、長年の思いが明らかになりました。

玉三郎  撮影中、監督も私も、まだ若かったんですけれど、随分、私はわがままを言いまして、それで出来上がった映画だったんです。ですから長いこと、監督がそのことに対してご立腹かな、と思っていたんです。そうしましたら、去年、お声がかかりまして、そんなふうに思ってくださるんだったらうれしいなと思って。私も篠田監督の他の映画に対するインタビューや番組を拝見するたびに、「ああ、懐かしい」と思っておりました。そして、いよいよ会おうということになりまして、思いますれば、7月の2日だったんですね。そこから作業を始めまして、今日、1年たったわけでございます。

――4Kデジタルリマスター版の監修には2人そろって何度も足を運んだそうです。

玉三郎  いろいろな意味で、当時の映画という概念から外れた作品だったように思います。デジタルリマスターという技術が今日できるということも(当時は)思っていませんでしたが、40年たって、監督ともお話しし、明るいところは明るく、日照りのところは日照りのように、夜のところは暗く、ということで(調整)できたこと、そしてこうやって――演者としてはいつも、映画って撮り終わってから見てみると、ああもすればよかった、こうもすればよかったと撮り直したいという思いがあって、お恥ずかしいんですけれども――みなさまに改めて見ていただけるということは、この上ない、私の本当の意味での喜びなんです。

――玉三郎さんの一言一言から思いがあふれました。

玉三郎さんは、撮影時のことをほとんど覚えているという
玉三郎さんは、撮影時のことをほとんど覚えているという

玉三郎  監督もよくこの40年間、黙してそれを待っていてくださった。今日こうやってお集まりいただき、こういうスペースでこういうことをさせていただいた。本当に感謝しかないし、うれしいですし、40年たったとも思えません。先程もちょっと話していたんですけれど、撮影中の日々、ほとんど僕、覚えてるくらい印象の深いものなんでございます。今日はみなさん、ありがとうございました。監督ありがとうございました。

「あの柳、動いてませんよ」的確に指摘した玉三郎

――篠田監督は、撮影現場での玉三郎さんのこんな逸話も。

篠田  泉鏡花というペンネームは、泉で水ですね、鏡花って鏡のような水面、そこに花が浮いているという、その泉を、水を描く。画面に本当に真水がある、そこに女がいる。そのセットで水草が池のほとりに植えてある。そこに洗い物をしている、百合の玉三郎さんがいる。

 (その場面で)水草がいきいきとしているかどうかというのは、演出する上で(重要だから)庭師が必死にやってるわけですね。そしたら玉さんが、「監督、池のほとりに柳があるでしょう。あの柳、動いてませんよ。風が要ります」と。もう、これは僕は監督としてまだ下っ端だなあと思って。やっぱり大舞台を踏んで、装置の一つひとつを自分の目線で作ってきた玉三郎さんが、空気の動きを誘うという私からやらなければいけないことをいち早く言ってくれてしまった。僕は、 慚愧(ざんき) に堪えない思いであると同時に、とても素晴らしいパートナーがいて、こっちは少し怠けることも大丈夫だなあと安心しました。

 本当に神経集中していて時々全体を見失うということは人によくあることですけれど、私のこの「夜叉ヶ池」は、玉三郎さんというパートナーなくしてはできなかったということ、現場でも思い知らされていました。

――この監督の言葉を受けて、玉三郎さんが恥じらうような表情を浮かべる様子はなんともほほえましいものでした。

玉三郎さんの百合 (C)1979/2021 松竹株式会社
玉三郎さんの百合 (C)1979/2021 松竹株式会社

玉三郎  本当に(自分が撮影現場で)重箱の隅をつつくようなことをして、よく監督が怒らずに2か月間、耐えてくれたなというのが僕の実感なんです。

 みずみずしい花の(咲く)泉のところって、三日とあけず、花を取り換えないとね、スタジオなので枯れちゃうんですよね。それをスタッフの方々が本当によくやってくれたと思います。

難解だが「なぜ」という理屈は要らない

――続いて玉三郎さんが1人2役について、舞台でも映画でも演じてきた泉鏡花作品への思いをにじませながら語った言葉は、観客の作品解釈を深めてくれるものでした。

玉三郎  この2役というのはもともと、泉鏡花先生の原作で、2役であろう、という設定で書かれておりました。泉鏡花先生の「日本橋」も清葉とお孝が2人で一つの魂。この「夜叉ヶ池」も、百合と白雪がいて一つの魂、学円と晃がいて一つの魂――みたいな形になると思うんです。ですから、そういう意味で2役をやらせていただきました。

百合(坂東玉三郎)と晃(加藤剛) (C)1979/2021 松竹株式会社
百合(坂東玉三郎)と晃(加藤剛) (C)1979/2021 松竹株式会社

 それから一つ、この私が鏡花先生の作品の大好きなファンだということでのお話なんですけれど、この映画、非常に難解なところがあるんですね。(白雪が)「お百合さん、お百合さん、一緒に唄をうたいましょうね」と言うのが最後で、〈月の光 煌々(こうこう) たり……〉というト書きで終わっていっちゃうんです。僕も読めば、わからないところたくさんあるんですけれど、鏡花作品って、その場その場の言葉の美しさとかシチュエーションをそのまま印象で受け取っていって、全体を想像的にみるということが大事で、「なぜ」という理屈が要らないと思うんですね。

 もう一つ、百合が晃と別れている時に子守唄を歌っています。そして白雪姫が「恋しい人と別れている時は、うたを唄えば紛れるものかえ」と言います。という意味でね、人間の魂を休めるための「鎮魂歌」としての子守唄の効用だっていうことが、この映画で全体にわかるわけです。ですから副題として、鎮魂歌としての子守唄の効用みたいなことを言っているんですけれどね、そんな作品じゃないかな、と思います。本当に思い出深いものですね。

越境者たちのユートピア映画

――この作品は、玉三郎さん、山崎努さん、加藤剛さんはもちろん、それ以外のキャスト、スタッフの顔ぶれも豪華です。美術は粟津潔、朝倉摂ら、音楽は冨田勲、特撮は矢島信男と、各界の第一人者が。キャストも丹阿弥谷津子、三木のり平、金田龍之介、唐十郎などなど、そうそうたる顔ぶれ。篠田監督は、松竹大船撮影所からキャリアをスタートさせ、従来の大船作品の枠に収まりきらない監督作を次々と手がけてきましたが、松竹退社後に松竹で撮ったこの作品もまさにそうでした。

篠田  本作は、あまり松竹の伝統ではない特撮と女形の映画。いろいろな技術を学ぶために映画界を越境してきた人たちが1か所に集まってこの映画をつくりました。これは映画界の越境者たちのユートピア映画だと思っています。

玉三郎  キャストのみなさんを見ますと本当に、小さい役に至るまで、見事な劇場をあけられる方たちが来てくださったという。それを映画というものでこそ、時を超えて見ることができるというよろこびを今、感じております。

――そしてフォトセッションで締めくくって舞台あいさつは終わり……と思いきや、その後、2人はもう一度、マイクを手に、思いをあふれさせました。

玉三郎  自分の、至らぬ29歳の作品でございますが、楽しんでいただければ、この時間と空間を共有していただければ、ありがたいと思います。ありがとうございました。

――ストレートな言葉に深い思いをにじませた玉三郎さん。そして最後に篠田監督が、特集上映の内容も踏まえて語りました。

篠田  (上映される「夜叉ヶ池」以前の作品は)私の青春でもあるし、私が映画監督として最も振り乱して映画の中に生きていた時の作品群です。もう、あんな勢いを、もう一度私にやれと言われても無理です。著作という仕事で余命を今しのいでおりますけれど、90年はちっとも楽しくないですね。昔、箱根駅伝を走ったあの肉体はどこへ行ってしまったんだろうと。

アンハッピーはハッピーのための試練

――でも、素晴らしい作品が残っています。

「夜叉ヶ池」の思い出を語る篠田監督
「夜叉ヶ池」の思い出を語る篠田監督

篠田  私は、この「夜叉ヶ池」で、日本の地中の、アンダーグラウンドの中の、今まで誰も手をつけなかった世界をつくりました。(特集上映にラインアップされている)残りの9本は、地上の物語ばかりです。そういう意味で私はこの地球の地上でどんなことを想像したのか。一言で言いますと、全部、ハッピーエンドの映画ではないんです。全部、悲しく終わっています。

 というのは、私が小学校の時に結核菌がはやりまして戦中戦後にまたがる非常時の中で栄養もなく、姉3人を失くしました。姉3人が先に逝った悲しみを耐えながら、私を育てて文学をやらせてくれた母のことを思うと、私の映画はなかなかハッピーエンドが来ない。ある時、ファンの人から電話がありまして、「今度の映画はハッピーエンドですよね、『少年時代』、あれはハッピーエンドでしょうね」と。そう思ってくださって結構ですけれど、僕にとってはものすごく悲しみがいっぱいある映画なので、どうしても、ハッピーエンドではない。

 私にとってのアンハッピーは、それは素晴らしいハッピーのための試練。ダンテの「神曲」にある 煉獄(れんごく) 、死者としてトレーニングしなくてはならない、余命をそれに注ぎたいと今、思っています。まだ「夜叉ヶ池」を考えて作った気力はまだどこかに眠っているはずだから、私はそれに誓って、私のユートピアを探そうとしています。多分このキャンペーンで絶対に「夜叉ヶ池」を見直してくださることは間違いないと確信して、今日はハッピーエンドで終わって帰ろうと思っています。

――まさに、その通りの舞台あいさつでした。

「夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版」  特集上映「篠田正浩監督生誕90年祭 『夜叉ヶ池』への道 モダニズム ポップアート そしてニッポン」の中で7月30日まで上映中。14日にブルーレイ(販売・発売 松竹)が発売される。

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2202266 0 エンタメ・文化 2021/07/13 15:00:00 2021/07/13 15:00:00 2021/07/13 15:00:00 「夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版」劇場での公開初日に臨んだ篠田正浩監督(右)と坂東玉三郎さん https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210712-OYT8I50084-T.jpg?type=thumbnail

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