西村賢太さんとの最後のやり取り…石原氏追悼原稿に「動揺もあって汚くなって申し訳ありません」

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 世間に顧みられず、貧困の中で死んだ戦前の作家、藤澤清造の「没後弟子」を自称した西村さんは、「無頼派作家」と言われた。だが、書くことには真面目で頼りになる人だった。

芥川賞の贈呈式後、石原都知事と言葉を交わし、笑顔を見せる西村賢太さん(東京・千代田区で。2011年2月18日)
芥川賞の贈呈式後、石原都知事と言葉を交わし、笑顔を見せる西村賢太さん(東京・千代田区で。2011年2月18日)

 最後のやり取りは、西村さんが尊敬する石原慎太郎さんの追悼文をお願いした1日だ。午後3時、1200字の原稿を5時半締め切りで頼んだ。「15分待ってくれ」。5時半に携帯電話があった後、1分と遅れず、ファクスで届いた。「動揺もあって汚くなって申し訳ありません」。原稿の表紙に手書きされていた。

 西村さんは小学5年の時、父が事件を起こして家族は夜逃げ同然の状態となった。不安定な生活を送った頃の唯一の楽しみは読書だった。「面白い純文学を書きたい」とよく語った。読み、書くことが自分の全てで、それらが生活の手段でもあると骨身に染みていた。

 2日朝刊の紙面を作り終え、お礼のファクスを送ると、急に不通になった。寂しがりなのに、一人になりたがるところがあった。(文化部次長 待田晋哉)

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