同じ年に炎上の首里城とノートルダム大聖堂、復元の歩みを紹介する「ウェブ展覧会」

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 九州大は、いずれも2019年に火災で甚大な被害を受けた那覇市の首里城とパリ・ノートルダム大聖堂について、その歴史や復元に向けた動きを比較しながらウェブ上で紹介する試みを始めた。世界的な文化遺産の焼失が地域や社会に与えた影響や、復元の意義を見つめ直す内容となっている。(植田優美)

 ノートルダム大聖堂は同年4月15日、 尖塔せんとう などが焼け落ちる被害を受けた。首里城は半年後の10月31日に正殿などを焼損した。

ウェブ上で紹介されている首里城(右)とノートルダム大聖堂の被災後の様子。屋根の一部が焼け落ちるなど、ともに大きな被害を受けたことが分かる
ウェブ上で紹介されている首里城(右)とノートルダム大聖堂の被災後の様子。屋根の一部が焼け落ちるなど、ともに大きな被害を受けたことが分かる

 首里城正殿の地下遺構とノートルダム大聖堂はともに世界文化遺産に登録されており、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)会長を20年まで務めた河野俊行・同大副学長が企画。日仏の専門家らが、被災文化遺産の復元をテーマにオンラインで約2年間やり取りを重ね、今年4月に「 ウェブ展覧会 」として公開した。

 ページは右に首里城、左にノートルダム大聖堂を配置し、それぞれの歴史や火災時の社会の反応、復元に向けた検討の経緯などを、画面をスクロールしながら閲覧できる。古文書や図面、写真など約350枚も厳選してちりばめ、クリックすると拡大できる。

 沖縄戦で焼失しながら復元された首里城は沖縄の人の「心のよりどころ」となっていたと説明し、火に包まれた正殿を前に大勢の市民が立ち尽くす写真を載せた。焼け跡から取り出した赤瓦を再利用するため、ボランティアの手で 漆喰しっくい をはがす作業が行われたことも紹介した。

 ノートルダム大聖堂も首里城と同様に、焼け落ちる様子を見つめる市民の写真を掲載。SNSなどを通じて世界中の人が悲しみを共有したことは「人類共通の遺産」の証しと伝えた。消防隊員らが大聖堂から宝物や聖遺物を運び出し、無事だったことにも触れた。

 首里城正殿は11月にも再建工事が始まる予定で、ノートルダム大聖堂も復元に向けた作業が進む。河野副学長は「文化遺産をどのように復元していくのかは、専門家や政治家だけの閉じた議論であってはならない。市民の意思や支援も復元を後押しする。このページが、広く社会の人々が考えるための材料となれば」と話す。

 展覧会の公開は、両方の復元工事が完了するまで続ける予定。

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3050935 0 エンタメ・文化 2022/06/02 16:20:00 2022/06/02 16:20:00 2022/06/02 16:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/06/20220602-OYT1I50103-T.jpg?type=thumbnail

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