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辞書作りに欠かせないのが「用例採集」だ。言葉の変化や新語の実例を集め、また、これまでどう使われてきたのかを調べる。対象は文献、メディア、そして街角の表示など多岐にわたる。用例採集の実際とは――。(編集委員 伊藤剛寛)
魚にも「ほほ」?…築地にて確認

東京の築地場外市場。三省堂国語辞典の編集委員・飯間浩明さん(54)がカメラを手に歩く。街角での用例採集だ。マグロの部位を説明した飲食店の看板に「ほほ肉」の文字がある。「ほほという言葉は、魚にも使うことが確認できます」。「醤油」「正油」といった、「しょうゆ」の漢字表記なども記録した。
飯間さんは、用例採集の第一人者として知られる。
「辞書の改訂作業の柱となるのが、新しい言葉を加えることです」
では、その言葉はどうやって集めるか。基本的には書き言葉だという。新聞や雑誌、小説などに新しい言葉が次々と現れる。例えば、ロシアのウクライナ侵攻で用いられた「人道回廊」。「定着するかどうかはわかりませんが、記録は必要です」
放送もチェックする。ある時テレビで、「○○に行きたい人は、△△駅で降りがち」という例を耳にした。「~がち」は、「遅れがち」など望ましくない場合に使っていたが、単に「することが多い」という意味の用法が広がっている。
ネットとリアル、集めて貯めて収録へ
さらに、インターネットの言葉を把握しないと今の日本語は捉えられない。「尊い」(アイドルなどが魅力的)、「香ばしい」(言動がおかしい)は、今年刊行された最新版に収録した。
「ただ、それだけだと生の言葉に触れている感じがしない。そこで街に繰り出して、言葉を観察するんです」。飲食店で見かけるようになった「旬菜・旬彩」(旬の食材)などがこれまでの成果だ。
用例はできるだけ多く集め、パソコンに保存する。「用法が10年くらい続き、相当の例が集まれば、収録を検討します」と飯間さん。
最新版には3500語を加えた。「香害」(強い香りによる害)、「はずい」(俗語で、恥ずかしい)、「黙食」(会話をせずに食事をすること)――。用例を集めた数万の言葉から選んだ結果という。

やってみた、身近な言葉探し
自宅周辺を歩き、用例採集のまねごとをしてみた。
屋根などがない平置きの駐車場に「入庫待ち禁止」の表示=写真=。辞書で「入庫」を引くと、「自動車などが車庫へはいること……」。次に「車庫」を引くと、「自動車などを入れておく建物」。建物がなくても「入庫」と言うようだ。飯間さんは「辞書の記述を検討しなければならないかもしれませんね」。
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