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大手町アカデミア×人間文化研究機構 講演要旨「自然の『恵み』と『災い』の関係を考える 気候変動時代の防災減災」

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生態系を活かした防災減災

講師の吉田丈人氏
講師の吉田丈人氏

 総合地球環境学研究所の吉田丈人・准教授が4月20日、大手町アカデミアと人間文化研究機構による特別講座で、「自然の『恵み』と『災い』の関係を考える 気候変動時代の防災減災」と題して講演しました。従来型の防災手法の限界を踏まえ、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)や、自然が持つ多様な機能を防災に活かすグリーンインフラの重要性を、福井県・三方五湖や滋賀県・比良山麓の事例を紹介しながら解説しました。

年々増える気候関連災害

 災害による保険損害額の推移を見ると、気候関連災害と呼ばれるものが年々、増えています。これは世界規模で起きており、一つは気候変動の影響、もう一つは人の住まい方、つまり人口が増えて災害が発生しやすい場所に人が住むようになったからだと言われています。日本でも気候変動は進みつつあり、昨年、文部科学省と気象庁が出した報告でも、1時間50ミリ以上の大雨や80ミリ以上のものすごい大雨の発生回数が年々増えている傾向が指摘されています。気候変動はますます拡大すると予測され、今世紀末にかけて、特に西日本で大雨が増える傾向が強まっていくと言われています。雨の降る量が1.1~1.3倍になると、水の流れる量は1.2~1.4倍になり、洪水の発生頻度は2~4倍に増えると予測されています。

 こうした自然災害のリスクを分解すると、「ハザード× 曝露(ばくろ) ×ぜい弱性」の3つの要素に分けられます。ハザード(災害外力)とは、例えば大雨が降って山で土砂崩れが起きたり、川から水があふれたりすることですが、このこと自体は災害ではありません。もともと自然の中で起こっている現象です。ハザードに人間活動が曝露されている(さらされている)、あるいは、その場所での人間活動のぜい弱性が高い場合、災害のリスクが高い状況になります。山が崩れたり、川から水があふれたりする場所で、どれだけ人間活動があるかということが災害リスクの大きさに関係するわけです。

従来型防災手法の限界

 そのリスクをできるだけ減らそうと、多くの治水事業や砂防事業がなされてきました。実際、戦後間もなくに比べると、極端に大きな災害は起きにくくなっています。しかし、災害はいまだに発生しています。従来型の防災減災の考え方は、計画規模と言われる範囲内の雨が降ってもハード対策で安全度100%を確保する、それ以上雨が降ったら避難誘導を早くするなどソフト対策で対応するというものです。ところが、計画規模までの安全度100%がどこでも守られているかというと、現状でも守り切れていないところがあります。一つには、整備計画はあるけれども、整備にお金も時間もかかり、資材も必要なので、なかなか計画規模100%の安全度を達成できていない場所があります。もう一つは以前に整備されたインフラ(社会基盤)が老朽化して、もともと計画された安全度を確保できないケースも起きてきています。さらに、計画規模を超えるような異常気象も増えています。防災減災にいくらでもお金を使える時代は過ぎ、いかにコストを削減しながら防災減災していくかが大事な時代になっています。

 そうした時代の転換を示すような「流域治水」という考え方が昨年、国土交通省から出されました。あらゆる関係者により流域全体で行う治水、つまり国や都道府県に任せているだけの治水では対応できないということを明らかにしたわけです。対策のメニューを見ると、川の中に安全に水を流すという従来の施策だけではなく、「 氾濫(はんらん) 域」という水があふれた所でも被害をできるだけ小さくするような住まい方とか、リスクをより見やすくするとか、さまざまなことが含まれています。2020年はまさに「流域治水元年」で、今年度は各都道府県でもいろんな川で流域治水の施策に取り組みが進みます。

生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)

 もう一つ、これまでとは違う新しい防災減災のやり方として注目されているのが、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR=Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)です。新しい言葉で表現されていますが、実は日本に古くからある考え方でもあり、現代的な土木技術が発展する前はいろんな所で行われていました。それをもう一度見直す時代が来ているということです。その現代的な意味づけをすると、災害リスクはハザードと曝露とぜい弱性の3つで決まりますが、山が崩れる場所があれば、山すそに人命や財産があるような土地利用はせず、少し離れた所に家を建てる。そうすれば、たとえ山が崩れても被害は起きにくい。危ない場所を都市的に利用するのではなく、農地にしておくとか自然の山にしておくことによって生態系を活用し、曝露を下げるやり方です。もう一つは、ぜい弱性を低める方法です。山の近くに家が建っていたとしても、山と家の間に森林があることで、土砂崩れの勢いを弱め、被害を減らす。森林という生態系がぜい弱性を低めてくれるというやり方です。

 Eco-DRRは防災減災だけでなく、生態系が持つその他の機能を活かした生態系の保全・再生と一緒に行うことができます。水をためるような湿地や花が咲いた美しい場所があれば、そこで観光を行うなど、人間に対する別の価値を生態系がもたらしてくれます。Eco-DRRは防災減災と生態系の保全・再生を組み合わせたもので、災害時には防災減災に役立ち、平常時には多様な自然の恵みで地域に役立つことができる。自然の恵みは、治水機能、景観向上、発電でも注目されるバイオマス、観光資源、環境教育、水質浄化、生物多様性、福祉・医療と、数え上げればきりがありません。こうした多様な自然の恵みが生態系や生物多様性によってもたらされ、それが社会や暮らしを支えている。これを防災減災と一緒に実現するのが、生態系を活用した防災減災の大事なところです。

グリーンインフラの重要性

 生態系を活用した防災減災という言葉はいろんな所で使われていますが、日本の行政では環境省が使い出した言葉です。同じような考え方は国交省でも注目され、グリーンインフラという言葉で表現されています。グリーンインフラの考え方は、いわゆる単一の機能、少数の機能に特化したような従来型のインフラだけではなく、自然の要素を加えていく。グリーンとグレーを組み合わせることで、自然が持つ多様な機能をインフラに付加していく。それによって、従来型のインフラもグリーンな要素を足してグリーンインフラに変えることができますし、最初から自然や生態系が持つ多様な機能を活かして設計したグリーンインフラを作ることもできます。Eco-DRRと非常に親和性の高い考え方ですが、グリーンインフラの考え方はもっと広くて、自然が持つ多様な働きを、健康、医療、教育、観光、ビジネスなどにも活かしていくというものです。

 土木技術が未発達だった江戸時代までは、防災減災するための多様な知恵が地域に残っていました。たとえば、災害に強い街のつくり方や住まい方がされてきたのです。しかし、人口がどんどん増える高度経済成長時代になると、どうしても災害に弱い場所を使わざるを得ませんでした。生態系を活用した防災減災が難しい時代がずっと続いてきたわけです。ところが今、人口減少が進んでいます。このことは社会的にいろんな問題を引き起こしていますが、チャンスも作り出しています。人が減って耕作放棄地ができたり空き家が増えたりすると、土地利用をもう一度見直して良くしていく、あるいは新しい街づくりをしていくチャンスを生み出しているとも言えます。

 この考え方は都市でも重要です。ニューヨークのマンハッタンはハリケーンで非常に大きな浸水被害を受けたことがあり、海と高層ビル群の間に公園を設けることでハリケーンの影響を下げるようなEco-DRRが実施されています。災害時にも役立ちますが、平常時にも都市に憩いの場を提供するという、いろんな機能をもたらしています。こうした災害時の防災減災と平常時の自然の恵みが、人口が減って少子高齢化が進む中、若者の新規就農や伝統産業の振興、観光資源づくりなどにつながり、防災減災もしながら地域づくりに貢献する時代が来ています。Win-Winの地域づくりにとっても、生態系を活用した防災減災は大事な考え方になっています。

福井・三方五湖の「自然護岸再生」

 Eco-DRRの事例の一つが、福井県の 三方五湖(みかたごこ) で行われている自然護岸再生です。入り組んだ場所に湖がいくつもあるのですが、水がたまりやすく、湖からあふれて近くの水田などが水浸しになる被害が相次いでいます。平成時代には平均して5年に1回、浸水被害が発生しました。なぜ水がたまりやすいかというと、地形と大きく関係しています。一番上流の三方湖から下流の湖に水が流れていき、 久々子(くぐし) 湖から日本海に抜けるのですが、途中の 水月(すいげつ) 湖と久々子湖は江戸時代に掘った運河で結ばれています。この運河1本で水月湖の水を抜いているので、非常に水はけが悪い。1600年代初期の絵図を見ると、三方湖の下流にある (すが) 湖から川が流れていて、そこから久々子湖に水を流していました。その川も細くて水はけが悪かったのですが、1662年の地震で隆起して川が干上がってしまった。このため、上流が全部水浸しになったので運河を掘ったのです。ですから、この地域はもともと水はけが悪く、今でも大雨が降ると水がたまってしまいます。

 2013年の浸水災害では、集落の際まで水が来ましたが、集落本体はほとんど浸水しませんでした。分家が新しく家を建てたような場所は少し浸水しましたが、本家がある集落の中心部は浸水しなかった。浸水を避けるように集落が立地しているわけです。浸水した場所の多くは水田で、水田になる前は湿地帯だったと思われます。今でもこの辺りはフナやコイなどの淡水魚が産卵し、子魚が育って湖に帰っていく場所になっています。この地域にはフナを刺身で食べる文化も残っており、そういう食文化を湿地帯が支えているのです。

 ところが、昭和の時代、魚の生息場所として大切な湿地帯の背後にある農地を守るため、湖岸がコンクリートの護岸で覆われました。これによって湖から水田に水があふれにくくなったのですが、水辺の生物多様性や生産性を低めてしまった。こういう自然を再生しようと、2011年、三方五湖自然再生協議会ができました。一般住民や農業・漁業関係者、行政、市民団体、研究者などさまざまな関係者が集まり、その中には自然護岸再生部会という部会があります。自然護岸というのは、護岸によって治水をするだけでなく、自然の要素を足していくという考え方です。自然環境と防災減災を組み合わせるという、まさにEco-DRR。どういう自然護岸のあり方があるのか、何年も議論を重ね、いろんな人の知恵を出し合って「自然護岸再生の手引き」を作りました。これをもとに、例えば久々子湖では、大雨で山から流れてくる土砂を堤で誘導することで堆積を促し、浅場を再生して、シジミ漁場を復活させました。浅場は波の力を弱めてくれるのでコンクリートの堤防を守り、防災減災にも役立ちます。ほかにもヨシを植栽したり、石を詰めた 漁礁(ぎょしょう) を造ったり、いろんな取り組みをしています。これらは生態系を再生するだけでなく、老朽化していくコンクリートの護岸の寿命を長くする効果も期待されます。

滋賀・比良山麓のグリーンインフラ

 次の事例は土砂災害で、滋賀県の比良山麓のEco-DRRです。琵琶湖と標高1000メートルくらいの比良山地の間の水平距離は4キロメートルほどしかなく、険しい山が湖の西側に迫っています。集落は湖からも山からも少し距離を取った所にあり、湖の浸水も山からの土砂崩れも避ける形の土地利用になっているのは、古地図を見ても分かります。山のふもとには松林や、獣害を避けるシシ垣という石垣があり、湖からも離れた安全な場所に集落があります。山が崩れると、比良山地を作っている石が山から出てきます。多くは花崗岩やチャートと呼ばれる堆積岩ですが、これらを石材として利用する産業、文化が地域に育ちました。

 石は街作りや産業だけでなく、土砂災害を防ぐためにも使われています。土石流から集落を守るため、百間堤と呼ばれる大型の石積み堤があり、シシ垣にも土石流を止める役割があると考えられます。琵琶湖の近くでは石材が波除けとして使われるなど、いろんな防災減災のインフラとして石が使われています。こうした石積みや砂防林などの伝統的なグリーンインフラは日本各地に昔からあるものです。こういうものをもう一度見直して、現代に活用することが大事です。次の時代にどうつないでいくかというのも大事な視点で、私たちの研究でも地域の方と一緒になって、今あるインフラの機能を理解するだけでなく、自治会の防災活動などで共に学ぶ機会を設けたり、子供たちにも参加してもらって地域学習を行なったりしています。

地域の状況に応じた防災減災を

 ここ数年、これまでと同じやり方では守り切れないような自然災害が続いています。今後も気候変動によって、そういう災害がさらに増えると予想されます。まさに「流域治水」が目指しているように、地域全体で防災減災に取り組む必要があります。そういう中で、生態系を活用した防災減災は新しい選択肢をもたらします。自然の多様な機能を使うことで、非常時は防災減災に役立ち、平常時も地域作りや暮らしに役立てることができます。

 その時に鍵になるのが、地域にもともとある技術をどう残していくか、伝統的な知識や技術を含めた地域の文化をどう守り、次の時代につなげていくかです。生態系を活かした防災減災とひと言で言っても、やり方は千差万別です。それぞれの地域の実情に応じたものを、地域のみんなで考えていくことが大事です。これまでの土木技術は、どこでも同じ性能を発揮するという良い点がありました。しかし、それでは生態系を活用した防災減災は難しい。地域によって生態系の状況は異なり、人間の側も地域によって歴史や文化が異なりますから、それぞれの状況に応じて進めていくことが重要です。

講演者プロフィル

吉田 丈人氏 (よしだ・たけひと)
総合地球環境学研究所・東京大学大学院総合文化研究科 准教授

 生態学や陸水学が専門で、生物の多様性や複雑性を解き明かす研究と、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)など人と自然のかかわりに関する研究に取り組んでいる。主な編著書に、『実践版!グリーンインフラ』(日経BP)、『地域の歴史から学ぶ災害対応:比良山麓の伝統知・地域知』(総合地球環境学研究所)、『シリーズ現代の生態学6:感染症の生態学』(共立出版)がある。

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2059624 0 大手町アカデミア 2021/05/18 10:00:00 2021/05/18 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210510-OYT8I50076-T.jpg?type=thumbnail

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