「読売Bizフォーラム東京」第1回セミナーアレックス・カーさんの講演(8月20日)「美しき日本を求めて―『観光立国』への挑戦―」

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 東洋文化研究家のアレックス・カーさんを講師に迎えた講演会「美しき日本を求めて―『観光立国』への挑戦―」が8月20日、東京・大手町の読売新聞東京本社で開かれた。カーさんは、京都などで訪日客らが急増して観光公害が生じていると指摘した上で、「うまく管理すれば観光立国になるが、できなければ観光亡国になりかねない」と強調した。講演会は、新たな学びの場をつくる「読売Bizフォーラム東京」の第1回として行われた。講演要旨は以下の通り。

美しい景観が価値を高める

読売Bizフォーラム東京で講演するアレックス・カーさん
読売Bizフォーラム東京で講演するアレックス・カーさん

 私は『観光亡国論』(共著、中公新書ラクレ)という本を書きましたが、観光がいけないとか、観光客が多過ぎるとか、そんな単純な話ではありません。訪日外国人客をもっと増やし、今の3000万人から6000万人になってもいい。ただ、どうやって受け入れ態勢を作るかが、これからの課題です。

 観光の力は計り知れません。交通が不便な町や村でも、きちんと器が整備されれば観光客が来てくれます。イタリアのトスカーナ州やイギリスの湖水地方は、景観を大事にし、古民家の修復などの様々な取り組みをした結果、「美しい田舎」を求めて、世界中の人々が来るようになり、経済的、文化的にも地域が活性化しました。

 日本でも、熊本の黒川温泉は成功例です。橋を黒く塗り、宿を漆喰(しっくい)で統一し、景観をきれいにしたことによって、人気が高まっています。しかし、日本のあちこちでは、コンクリートの護岸工事などで美しい自然が壊されてきました。コンクリートばかりの景色は日本では常識ですが、海外ではあり得ない。観光は競争産業なので、イタリアやフランスなどの世界の美しい風景と比べてどうか。日本は「美しい国」とされていますが、本当に美しいと言えるでしょうか。

 京都市内でも電線や看板だらけです。かつて町家に宿泊した海外の高校生が朝起きて、「(混沌とした)インドみたいだね」と。ロンドン、パリは100パーセント電線が地中化されていますが、日本は大きく遅れている。私は公共工事反対派ではありません。ただ、自然にダメージを与えるような工事をやめて、電線の地中化に力を入れるべきです。

世界の人々が求める「美しい田舎」

 私は1973年、徳島県の「祖谷(いや)」にある茅葺(かやぶ)きの古民家を買いました。日本のグランドキャニオンとも言われ、傾斜が厳しい山々に囲まれた秘境です。ところが、古民家の一棟貸しプロジェクトをはじめると、ミシュランの星をもらい、祖谷にたくさんの人が来るようになりました。

 屋根は茅葺きで囲炉裏を残していますが、床暖房がある。木の縁の窓は、断熱効果があるペアガラスを使っています。きちんとしたキッチンがあり、朝起きてコーヒーを飲みながらソファでくつろげる。資料館として直そうとしているのではなく、古い家を、今の技術を取り入れて快適に過ごせるようにしている。今の時代は、地方でも客は来てくれますが、苦労はしたくない。快適さがあった上での祖谷までの旅なのです。

 祖谷では9軒の古民家がありますが、夏の時期の稼働率は9割以上でほぼ予約が取れません。それだけの潜在的ニーズがあるのです。外国人観光客だけでなく、日本人もきれいな田舎に行きたい、けれど快適な過ごし方がしたいので来てくれるのです。

訪日客はいずれ6000万人超になる

 日本の観光戦略は大成功です。こんなに外国人観光客が増えるとは誰も予想していなかった。2008年の訪日客は約800万人でしたが、18年は3000万人を超えました。「4000万人」という目標は、(政府が掲げる)20年に達成するかどうかは別にしても、長い目でみれば必ず達成します。そのうち6000万人にも簡単にいくでしょう。

 世界中で、観光客が劇的に増えているのです。格安航空会社(LCC)で航空運賃が安くなり、(所得が増えた)中国、インド、南米、アフリカなどの方たちが簡単に旅に出かけるようになった。(世界各国へ)海外旅行をする中国人は今、年間1億5000万人ですが、あと数年したら4億人になる見込みです。日本に来る中国人観光客が増えたといっても、まだ序の口なのです。

世界各地で広がる観光公害

 このため数年前から、観光客が押し寄せる「オーバーツーリズム」(観光公害)が世界中で話題になっています。ローマやベネチアなど、恐ろしいほど観光客があふれている。インスタグラムに投稿しようと石垣に登って崩れたケースもありました。今年5月には、世界最高峰のエベレストでさえ、(山頂付近で登山者が連なって)交通ラッシュになりました。

多くの外国人客らで混雑する京都・伏見稲荷
多くの外国人客らで混雑する京都・伏見稲荷

 日本国内のオーバーツーリズムは、その大きな流れの中の出来事です。京都の伏見稲荷や祇園、紅葉の頃の東福寺や金閣寺など、(東京の)山手線並みの混雑ぶり。京都市内のバスは観光客が大きな荷物を持ってきて乗り切れない。寺の境内にも荷物を運んでくる。それに対して、残念ながら新しいアイデアは日本ではあまり生まれていません。

 マナーも大きな問題です。京都・嵐山の竹林に落書きしたり、祇園では舞妓(まいこ)たちを取り囲んだり。京都の台所といわれる錦市場は、もともと近隣住民や懐石料理の料理人が食材を買い求めに来る場所ですが、観光客が押し寄せ、ソフトクリーム店など本来、市場と関係ない店ができてつまらなくなった。

 例えばタイの寺院では、中国人観光客のトイレの使い方などが問題になり、バスから降ろす前に5分間のマナー説明をしたところ改善しました。京都でも(来る途中の)新幹線や飛行機の中でマナーレクチャーしてもいい。

ほったらかしでは観光亡国に

オランダのアムステルダム市は、急増する観光客への対応に苦慮している(2018年6月、横堀裕也撮影)
オランダのアムステルダム市は、急増する観光客への対応に苦慮している(2018年6月、横堀裕也撮影)

 増え続ける観光客をうまくコントロールできれば観光立国になりますが、ほったらかしではカオス(混とん状態)になり、観光亡国になりかねません。

 オランダの政府観光局は今年5月、観光促進よりも観光管理に重点を置く戦略を正式発表しました。ほっといても観光客が来てくれるので、どんなシステムならうまく管理できるかが大事なのです。

 海外では罰金制が広がっています。ベネチアでは(指定外の場所に座った人などに最大)500ユーロ(約6万円)の罰金をかけている。ローマでもスペイン広場で勝手に飲食すると罰金を取られます。

 観光地は(許容量を超える)オーバーキャパで、以前のように誰でもウェルカムというわけにはいきません。宮内庁は、オンラインの予約システムで管理しているので、桂離宮や修学院離宮は非常に気持ちよく回ることができる。ローマのボルゲーゼ美術館なども完全予約制です。残念ながら、日本の博物館や美術館では大きな展覧会になると、来場者が殺到して対応に苦労している。役所的な、昔の「誰でもウェルカム」という発想なのかもしれないが、その時代は終わったのです。

 オランダの政府観光局が観光促進から管理に切り替えるという意味は、ただ数があれば良いのではなく、お客の質を上げよう、お金の使い方の質を上げようということです。(世界遺産の)白川郷でも平均滞在時間は40分。写真を撮影してトイレを使い、ごみを残して帰るだけでは地元に恩恵は少ない。観光亡国でなく、観光立国に持っていくには、まず景観が大事。それから管理方法。観光客がこぞって押し寄せるのではなく、うまくやっていける方法がないのか。量よりも質が大事なのです。

講師プロフィル

アレックス・カー
 アレックス・カー 東洋文化研究家、特定非営利活動法人●庵(ちいおり)トラスト理事。1952年米国生まれ。67歳。1964年に初来日。イエール大学にて日本学専攻。オックスフォード大学で中国学の修士号を取得。1977年より京都府亀岡市に在住し、日本と東アジア文化に関する執筆、講演等に携わる。2004年から2010年に京都で町家を修復し、宿泊事業を営んだ後、活動を地方へと展開。伝統家屋の修築保存活動、景観コンサルタントを各地で行い、滞在型観光の促進に寄与。これまでに数十軒の古民家を改修。著書に『美しき日本の残像』(1993年新潮社、新潮学芸賞受賞)、『犬と鬼』(2002年講談社)、『ニッポン景観論』(2014年集英社新書)、『観光亡国論』(共著、2019年中公新書ラクレ)など。

※●は、「竹冠」に「がんだれ」に「虎」

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768547 0 読売Biz フォーラム 2019/08/29 10:25:00 2019/08/29 10:28:56 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/08/20190827-OYT8I50036-T.jpg?type=thumbnail

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