読売Bizフォーラム東北 「日本らしい日本」~ないものはない~ 衆議院議員 小泉進次郎

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東北と世界をつなげる

 東北の復興を掲げて、8年少しが経ちました。今、このタイミングで率直に感じているのは、復興という「合言葉」を超えて何をなすべきか――ということです。復興に向けて、もう一度心の中の火を燃えたぎらせる。被災地の皆さん一人一人が、自分のこととして、立ち上がるような何かを、もう一度皆で考える時期が来ているのではないかということです。

 そのために、私が考えていることを二つお話ししたいと思います。一つは、東北をもっと世界とつなげるということです。復興政務官の職にあった頃から考えて取り組んできました。

 初めて東北の被災地に足を運んだ2011年3月下旬のことは、原体験として忘れられません。茨城県から北上して、夜遅い時間になって岩手県の大船渡の避難所に着きました。責任者に紹介され、避難生活をされている皆さんにご挨拶をする機会をいただきました。

 極限状況の中で暮らしている大勢の皆さんを前にして、何を申し上げたか覚えていません。

 ただ、はっきり記憶に焼き付いているのは、その直後に起きた出来事です。挨拶が終わったら、一人の女性が私のもとへ近づいてきました。

 「小泉さん、避難所の奥の方に私の父親がおります。どうか、言葉をかけてやってくれませんか」。震災で妻を亡くし、家も津波で失って本当に落ち込んでいる。だから、何か言葉をかけてほしい――と。

 どのようなことを言ったらいいか、どんな言葉をかけたらいいのか、私にはわかりませんでした。ただ、その高齢の男性は私に次のように言ったのです。

 「小泉さん、私は全部失ったよ、家も妻も孫も、全部失った。だけど、こうやって小泉さんが来てくれた。私はここで、いろいろな人から支援を受けています。海外からも支援を受けている。中には、日本といがみ合っている国からも支援を受けています。もしこれが、世界平和につながるなら、この震災は災い転じて福となす、ですね」

 ――その方は、そう言ったのです。奥さん、お孫さんを亡くされて、家を失った方が、私に語ったことが「世界平和」ですよ。その衝撃を、私は今でも忘れることができません。もしも自分が同じ経験をした時に、妻を亡くして子どもを失った時に、目の前に政治家が現れた時に、世界平和を語れるだろうか? 東北の皆さんは、本当にすごいなと感じました。「日本人とは何か」ということを真剣に考えさせられました。

 東日本大震災の後、世界が賞賛したのは、政治家や官僚ではありませんでした。あの時、極限の中でも決して取り乱すことなく、助け合い、支え合った東北の皆さんのことを賞賛したのです。世界は皆さんの姿に日本人らしさを見たのだと思います。

 もしあの震災がなければ、世界中の人があれだけ、東北の被災地に足を運ぶことがあったでしょうか。女川町を支援してくれたのは、カタールでした。東松島市はデンマークとのつながりが深くなりました。利府では来年、オリンピックでサッカー10試合が開催されます。釜石もラグビーワールドカップをきっかけに世界とつながる町を作りたいと頑張っています。そして福島県も、廃炉作業を進める上で世界の専門家たちを集めようという取り組みをしています。こうした世界とつながりを持った東北の取り組みを、一つの未来像として描けないか。そう思って力を尽くしていきたい。「世界とともに」というのは、東北の一つの方向性だと思っています。

支援される側から支援する側に

 東北の復興のために私が言いたいもう一つは、人はいつまでも支援される側ではやる気が出ないのではないか――ということです。人は「自分のために」ではなくて、「人のために」何かを頑張る方が力が出る。

 東北が「支えられる側」から「支える側」に回ること。私はそれがもう一度力を出すために必要なことではないかと思っています。

 最近、東北の方から、「復興事業はひと段落した所が多いが、課題は一人一人の心の復興です」という声をよく聞くようになりました。「復興のためにと頑張ってきた。ある程度大きな事業はメドがついた今は、燃え尽き症候群のような状態。次はどうしようか」といった声も耳にします。そこへ、深刻化した高齢化と人口減少という要素も加わり、これからは本当に大丈夫かという漠然とした不安を生む。

 そうした中で今後、政治、行政、民間の力も挙げて取り組めることがあるのではないかと思っています。未来の被災地との連携です。

 日本には、「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉がありますが、忘れられないうちに毎年、どこかで天災が起きています。東日本大震災から熊本、北海道の地震、大阪北部の地震、西日本豪雨、火山の噴火……。ありとあらゆる天災があった。「被災地イコール東北とはもう思われなくなった。複雑な心境ですよね」と漏らした方がいました。

 わかる、わかると思う方がいるのではないでしょうか。もちろん、いつまでも被災地でいてはいけません。だけど、これから間違いなく「新たな被災地」が出てきます。関東地方なら、首都直下型地震がいつ起きるかわからないとも言われている。南海トラフも同じです。

 だとしたら、今から予見される被災地と東北をつないで、3・11の教訓というバトンを渡し、被害を極小化する手立てを伝える。こうしたことを一つのやりがいに据え、「東北が未来の被災地を支援する側に回る」というような発想ができれば、日本人らしさを発揮した復興や国づくりができるのではないかと思っています。

合言葉は「ないものはない」

 本日の講演に「日本らしい日本」~ないものはない~という演題を付けたのは、これからの日本や東北は、苦手なところで勝負したってしょうがない、世界の中で、日本人らしさを発揮する国づくり、それが何かを一人一人が考える時代だからです。

 そして「ないものはない」という言葉を、世界に広げていきたい。かつて、アフリカのワンガリ・マータイさんが「もったいない」という言葉を広げてくれましたが、次は「ないものはない」という言葉を広げる時代だと思っています。

メモ・ワンガリ・マータイさん
 ケニアの女性環境活動家。アフリカの緑化運動に取り組み、2004年にノーベル平和賞を受賞した。米国などで研究生活を送った後、ケニアで女性らとともに植林する「グリーン・ベルト運動」を展開。植樹した苗木は3000万本に上るといわれる。ケニアの環境副大臣も務めた。05年、京都市であった温室効果ガス排出削減目標を定めた京都議定書の発効記念行事に参加した際、「もったいない」という日本語を覚え、「ものを大切にする精神を象徴的に表した言葉」として、様々な機会をとらえて自ら使い、世界に広めた。09年、旭日大綬章。11年、71歳で死去。

 私は復興政務官と同時に地方創生の政務官も務めました。その時、先進的な取り組みとして話題になっていたのは、島根県の海士町(あまちょう)です。隠岐の島からさらに船で別の離島に行き、たどり着いた海士町に、町のポスターがいっぱい貼ってありました。書かれていたまちづくりのキャッチフレーズは「ないものはない」。

 この言葉に込めた思いは何ですかと尋ねました。当時の海士町長の答えは、次のようなものでした。

 かつて私の父が総理を務めた時に、(国と地方の税財政を見直す)三位一体の改革の中で、地方交付税などが減らされた。このままでは町の財政が維持できないと、町長は自分の給料を50%カットした。それを聞いた町の幹部は、「町長だけにやらせるわけにはいきません。私たちも一緒にやります」と、夜の居酒屋に集まって作戦会議をして自分たちの給与カットも決めた。

 今度は、それを見ていた島民の皆さんが動き出した。お年寄りからは、「そんなに大変なら、私たちのバスの補助金を切ってもいい」という声が上がり、その財源を子育てに充てた。そのほか、町の産業振興のために、名産品であるカキを急速冷凍しても細胞が壊れないという特別な機械を買った。

 今では、島に子供たちが増え、地元の海産物を輸出するまでになった。

 町長が言っていたのは、「目指すのは東京ではない。そんなところと比べたって、海士町には東京にあるものはない。だけど東京にないものは全部ある」という町の魅力です。それが、この「ないものはない」なのです。

 今、海士町には、国際協力機構(JICA)との連携で、海外から研修生が来るようになりました。アフリカからのある研修生は、「東京のような大都市はまったく参考にならなかった」と言っていましたが、海士町に来て、「そうか、自分たちの町にしかないものを磨くということは、アフリカでもできる。この町に来てよかった」と感激して帰って行ったそうです。

 海士町では、外国の方が研修を終えて港で別れる際、「ないものはない、ないものはない」と皆で唱えると聞きました。「ないものはない」と声を上げて、皆で船を見送る。

 英語で表現すると「We have nothing, but we have everything」。それが「ないものはない」に込められた二重の意味であるのです。

 全国で約1700ある自治体が、ほかのまちにあることではなくて、ほかのまちになくて、ニッチでもマイナーでもいいから、どこにもないものを磨く。徹底的に突き詰めたまちづくりをやったら、北海道から沖縄まで、様々に彩りのある地域や国ができるのではないでしょうか。この東北が、そうした動きの先駆けになってほしいと期待し、「ないものはない」という言葉をこれから広めていきたいと思います。

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910500 0 読売Biz フォーラム 2019/11/21 09:30:00 2019/11/21 09:44:34 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191115-OYT8I50024-T.jpg?type=thumbnail

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