国際日本文化研究センター×読売Bizフォーラム東京 講演要旨「建築の政治学 権力の館としての建築を考える」

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

圧倒的な日本のブルジョワジーの進出

<御厨氏と井上氏のディスカッション>

日文研×読売Bizフォーラム東京 サロン音楽に聴くジャポニスム ミカドからチョーチョーさんまで(オンライン無料講座)

(井上)  池田勇人さんは旧首相公邸をご自身で改装されたのに、入らなかったのですか。

(御厨)  旧公邸は5・15事件や2・26事件など血なまぐさい事件があって、幽霊やお化けが出るとか、いろんな事を言われました。池田さんは潔癖症で、旧公邸はどんなに掃除をしても、ほこりがたまるのが耐え難かった。旧官邸も階段のわきにゴミがたまるというので、常に指で触っては「掃除が足りない」と言っていたような人ですから、旧公邸を造り直したけれど、入りたくなかった。大平さんなどは、もう入る気もなかった。公邸に喜んで入ったのは、三木武夫と中曽根康弘です。保守傍流だった2人は総理になった時、公邸に入りたかったのです。不思議なもので、真ん中を走ってきた人は、そこには行かない。

(井上)  岸田さんになると、もう戦前の5・15事件、2・26事件の記憶は薄れているという側面はないでしょうか。

(御厨)  もう記憶はないというか、そんな事は考えない。岸田さんは宏池会についてはいろいろ話しますが、それ以前については触れないので、自分のものとして首相公邸があるなら使おうということだと思います。僕からも質問があります。確かに丸の内周辺は今や高いビルが林立している。私はいくつかのビルの内覧会に行きましたが、レストランの一番立派な部屋の窓をさっと開けると、皇居が丸見えなのです。私は皇居の中から外側を見る経験もしましたが、夜はビルの明かりで照らし出され、街の光が入ってくる。井上さんの議論で言うと、これはブルジョワの勝ちという事をますます示しているのでしょうか、

(井上)  イギリスの王室も相当程度、大衆社会に門戸を開いている気はします。ですが、街並みを見る限り、日本のブルジョワジーの進出は圧倒的です。昔の社会科学、政治学は近代化のお手本をイギリスやフランスに置きやすかった。だけど、建築によるブルジョワの進出ということを考えれば、近代日本がはるかに 凌駕(りょうが) したと私は思っています。

迎賓館赤坂離宮
迎賓館赤坂離宮

(御厨)  やはり、そういう感じですよね。菅さんの一つの業績は皇居関連施設を開放したことです。一番有名なのは赤坂の迎賓館ですが、新型コロナ前は年250日間、一般公開した。しかも、酒食のもてなしをできる施設も入れて。なぜかと言えば、観光推進です。菅さんは観光政策の一環として、京都の迎賓館、京都御所も開いている時間を長くした。

(井上)  イギリスのバッキンガム宮殿は、ある部分に限れば観光客に開放しているので、観光政策では通じ合う部分があるかもしれません。余談ですが、織田信長は新しくこしらえた安土城に興味を持つ領民をひきつけようとしたのか、城を開放しました。しかも、拝観料を取っているのです。京都のお寺のルーツは信長にあるのかとさえ思います。1日だけだったと思いますが、権力が権力の館を商売にしている。もう一つ質問ですが、自民党本部であれ、総理の私邸・公邸であれ、いろんな人が集い、たむろする空間で飛び交う情報を権力は欲望するというお話ですが、今日、内閣はデジタル庁まで設けて電脳化時代に進もうとしている。しかし、本当に大事な情報は人が集まる空間での、ひそひそ話とか、ささやきでないと手に入れられないということでしょうか。

(御厨)  そこが微妙なのです。年配の政治家は間違いなく、今でもそうだと思います。あいつの顔を見ないと分からないとか言って、顔色を見て話を組み立て、情報を流す。これは年季の入った政治家はみんなやります。ひそひそ話が現実化する事がどれだけあるかは、誰も実証していないので分かりませんが。ただ、若い政治家になると、何でこんな所に集まり、どこかで聞いたような話を繰り返しされて、情報が取れるなんて、うそじゃないかと思ってしまう。ITがこれだけ進み、いちいち会わなくてもスマホやSNSでいろんな情報を取って流せる。それで済むという政治家も増えていると思います。ただ、悲しいかな、それで権力を取った人はまだいません。国会議員でも1回生、2回生は「ふふん」と言っているが、3回、4回と当選を重ね、いよいよ本当の権力が近くなると、年取った政治家のまねをしないといけないのではないかと思い始める。すると、年取った政治家は「ITだの何だの言っても役に立たない」と言って、若い政治家を押さえつけようとするわけです。

 一番良い例が、菅さんと岸田さんが当選した最近2回の総裁選です。最終的には老練な政治家の誘導で2人とも勝った。若い人同士で連合を組んで、違う情報を流して勝ったというのではなく、若い人が結局負けて、今の内閣でも結構年取った政治家が頑張っているというのは、そういう事です。だから、井上さんの話をもう一度逆転して言うと、日本はそういう点では、ものすごく新しい情報は集めていないのではないか。古い情報、どこかで聞いたような情報でも日本人はやれてしまう所があって、ごくごく大事な情報は空っぽになっているのではないかというのが僕の感じですが、どうでしょうか。

権力の磁場はキツネとタヌキの腹の探り合い

(井上)  例えば、スマートフォンに同僚政治家からメッセージが入る。笑顔や苦笑いのマークが入っていたり、いろいろあると思いますが、素の顔はうかがえない。ありきたりの、よく聞く話をしているのだけれど、どういう表情で言っているのかがうかがえない。つまり、本気なのか、ブラフ(脅し)なのか、何かを聞き出すためのダミーで言っているのか。その辺は当人の顔、その顔を見ている同僚たちの顔を見ないと見極められないという、キツネとタヌキの腹の探り合いみたいなのが、権力の館の磁場なのですよね。

(御厨)  そうだと思います。今の話で思い出しましたが、公明党の山口代表と安倍さんは実はそんなに親しくない。あまり2人で会っている様子もないから、どうやって情報を取っているのですかと尋ねたら、山口さんがスマホを見せて、「これだ」と言った。安倍さんが何文字かで書いてきたメッセージに何文字かで打ち返す。これで立派に用件は成り立っていると言った。僕は「それは違うんじゃないですか」と言いましたが。まさに井上さんが言ったのと同じで、数文字のメッセージが肯定的な見解なのか、否定的な見解なのか、将来どちらにつながって行くかは、それだけでは分からないじゃないですかと聞いたら、ニヤッと笑って、「そのくらいの距離がいいんだよ」と言っていました。

写真はイメージです
写真はイメージです

(井上)  公明党の山口代表が「これだよ」と言ってスマホを見せられた時も、腹の中では違うことを思っていらっしゃったかも分からないですよね。とにかく恐ろしい世界で、聞けば聞くほど、私はあまり近づきたくないなという印象を持ちました(笑)。特に歴史研究は、表に出ている公文書でいろいろチェックします。政治家同士の書簡も史料になると思います。でも、そんな物はひょっとしたらキツネとタヌキが交わし合う表面的な言葉のキャッチボールでしかなく、本当の所はうかがい知れない。御厨さんはそこにギリギリまで迫ろうと、「権力の館」という試みに行き着かれたと思いますが、若い政治学徒にどういう教え方をすれば良いのでしょうか。史料では本当の事は分からない、ということになるのでしょうか。

(御厨)  本当の事は分からないと言ってはおしまいですから、かろうじて真実があるとしたら、その真実にちょっとでも近づく方法として、まず公文書がある。でも公文書を読むだけでは何も分からない。公文書の裏を読むには、オーラルヒストリーの手法で、この文書はどういうつもりで書いたのかと確認することが必要です。それから、まさに「権力の館」もそうですが、公文書が作られた場所も大事です。全部、補助線を引いていくという感じですね。補助線を引いて、引いて、最後に実線になるかというとならないのですが、そこからいくつかの選択肢が出てきて、その中で一番、自分の心証として「こっちだろう」と思う所を選び、そこに理屈をくっ付けるのが歴史の実証的と言われる手法ですよね。それしか分からない。本当の所が分かったら面白いけれど、そこまでは行かない。どこまで近づくかという「点線の歴史」なのです。

(井上)  建築論、空間論で言いますと、例えば政治家たちが密談をする場合、ゴルフ場で語り合う時に飛び交う言葉と、赤坂の料亭で飛び交う言葉、議員宿舎で飛び交う言葉、総理官邸で飛び交う言葉、それぞれあると思います。空間は密談のあり方にも影響を及ぼすと思われますか。

料亭での「下座の哲学」

(御厨)  空間の持つ雰囲気、ここではこういう流儀があるとか、ここまでしゃべっても大丈夫とかいう感覚を政治家はみんな持っていると思います。野中広務さんは、料亭で人に会う時、必ず相手より30分前に行き、一番下座の席に座布団を退けて正座して、30分待つそうです。向こうも「野中さんは早いから」と15分くらい前に来るけれど、着いた時には既に野中さんが座っていて、「上座にどうぞ」と言われるわけです。野中さんには「下座の哲学」というのがあって、最初にそこに位置取りすることで、その日の議論は野中さんの勝ちなのです。野中さんを上座に据えることができない、自分が上座に座ったところで、その日の勝負はあったということで、これは「身体の政治学」みたいな事です。

(井上)  千利休が狭い茶室に大名たちを集めてやったであろう談合のようなものがイメージできます。野中さんは京都から選ばれた政治家で、お茶の何かが流れているのかもしれません。野中さんの配慮は、料亭のしつらえに鈍感な、建築的な素養のない人には通じないかもしれませんね。

(御厨)  分かっている者だけに分かるのが政治だよね、という事を言いたいというか、暗号で物を言っているような所があります。

(井上)  建築家はよく公共施設を造りますが、本音は見栄えのする大きい吹き抜けの立派な空間を造りたい。けれども、どんな人が来るか分からないような場所は大きくした方がいいとか、合理的に聞こえそうな説明をします。私は、この場所はこういう役に立っているという説明を聞かされる度に、心のどこかで「建築家に、ちょろまかされとるな」と思ってしまう部分があるのですが、どう思われますか。

(御厨)  黒川紀章さんが設計した沖縄県庁には、いろんな仕掛けがあり、沖縄の島が並んだような鎮魂の空間もあった。どういう思想で造ったのか、黒川さんにインタビューを申し込みましたが、病気で亡くなられ、話を聞くことはできませんでした。そういう思いは建築家にはあるのですか。

(井上)  施主からたくさんお金を託されるわけですから、お施主さんに良かれと思って説明をする。だけど、本音で思っているのは自分の作品としての仕上げ、ということは少なくないと思います。

ガラスの知事室で会見する田中康夫元長野県知事(2000年12月)
ガラスの知事室で会見する田中康夫元長野県知事(2000年12月)

(御厨)  地方の権力の館で思い出すのは、田中康夫さんが長野県知事になった時、彼が固執したのは「ガラス張りの県政」で、知事室をガラス張りにしたのです。その中で田中知事が執務をしている。これは冗談なのか本気なのか分からないけれど、田中さんは次の選挙で敗れ、新しい知事は「形ばかりガラス張りでも仕方ない」と言って、ガラス張りの知事室をなくしてしまった。建築家は、ガラス張りでやれと言われたら、やるものですか。

(井上)  確かにジョークにしか思えないですよね。ガラス張りの政治というのは比喩で言っているので、本当にガラスを持ち出されたら困りますよね。あの人とは最近付き合いができず、「敷居が高くなった」と言っても、本当に敷居が高いわけではありませんからね。でも、ベルリンの東西ドイツ統合後にできた国会議事堂は昔の第二帝政期の議事堂を使っているのですが、その天井はガラスのドームです。「ガラス張りの議会政治」を実現してしまいました。天井、屋根をガラスのドームで覆ってくださいという注文があれば、建築家としては面白い造形ができると考えるでしょうね。ただ、それで政治がガラス張りになると本気で思う建築家はいないと思いますが。

>>次のページ>> レガシーとしての国立競技場の評価は?

1

2

3

スクラップは会員限定です

使い方
「エンタメ・文化」の最新記事一覧
2879527 0 読売Biz フォーラム 2022/03/30 15:03:00 2022/03/30 15:28:21 2022/03/30 15:28:21 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/03/20220325-OYT8I50001-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)