[現代×文芸 名著60]心に触れる<1>“待つ女”を演出し主導権…『袋小路の男』絲山秋子著

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2004年刊。現在は講談社文庫(400円)
2004年刊。現在は講談社文庫(400円)

 著者の絲山秋子は1966年生まれ。バブルのただ中、「男女雇用機会均等法」の第一世代として働いた経験がある。この法律により、女も男と同じように働ける仕組みが整ったが、問題は心がこうした枠組みとどれだけ連動したかである。

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 『袋小路の男』は絲山秋子の初期の代表作。高校の先輩との12年にわたる切ない片思いが、女の声で語られる。物陰に身を潜め、じっと好きな男を見つめ続けるばかりの「私」。名前はわからない。誰からも名前を呼ばれない。でも、心の中では強く叫ぶ。「そんなのあなたじゃない!」「格好悪すぎる!やめて」と。奥手で古風。思いだけは人一倍強い。だからマイペースの男に翻弄ほんろうされる。典型的な“待つ女”。

 でも、少し変なのだ。演歌調の恨み節から逸脱する別の「声」も聞こえてくる。鋭い洞察や意表を突くセリフ。むしろ“待つ女”を演出しておいて、そこからのズレで読ませる。

 実は「私」はめっぽう酒が強く、好んでウォッカなどむ。愛車はガンメタのゴルフ。男が入院したときは、高速道路をものすごいスピードで飛ばし、関西から見舞いにきた。まさに男勝り。

 この小説では「あなた」と呼ばれる男を主役に押し立てておいて、「あなた」よりもずっと男らしいこの「私」が、こっそり主導権を握っているのだ。

 女でもあり男。魅力的な人間ほど両方を併せ持つという。こういう人には世界の機微がよく見える。著者はその後、性別問わず様々な人間を描いてきたが、与えられたキャラクターから微妙にズレるのが彼らの魅力でもある。

 男女とも新しい役割を模索し始めた現代。だからこそ誰もが“もう一人の自分”に気づき始めた。今までとは違う男女を描くこの作家はまさに時代の申し子なのだ。(阿部公彦・英文学者)

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