読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

心を解かす林真理子『小説8050』など…本よみうり堂のキリン店員が語るこの3冊

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

イラスト・嶽まいこ
イラスト・嶽まいこ

 はじめまして、本よみうり堂店員の「おじキリン」です。中年のおじさんキリンなので、おじキリン。よろしくね。

 えっ、意味わかんない?

 そこは、あまり深く考えないでよー。悩むと、病気になるからさ。とにかくキリンとして、店員をやってます。

 なぜ今朝、僕がここに出てきたか。ぶっちゃけ、悪徳前編集長のラビット・マツモト氏にだまされたんだよね。この前、一緒に書店に行ったとき彼が、「好きな本、買っていいよ」って言うんだ。うれしくなってレジに持っていくと突然、態度を変え、「帰ったら、この本について原稿を書くんだぞ」って……。

 えーっ! つまり店員に原稿を書かせて、原稿料を浮かすってこと? でも、思わず夢中になる本がありました。

引きこもり問題、リアルに

林真理子『小説8050』
林真理子『小説8050』

 林真理子さんの『小説8050』(新潮社)は、子どもが2人いる僕にも、人ごととは思えない長編でした。

 「8050問題」とは、80代の親が年金などで、引きこもりなどに悩む50代の子どもの生活を支える意味です。都内で歯科医院を営む正樹の家には、有名私立中学に通えなくなり、自宅で7年間引きこもり続ける20歳の長男がいます。この生活が続けば、我が家も「8050」になる。正樹はある日、動き始めます――。

 自分の周囲で望ましくない出来事が起きたとき、多くの人は、その事実を認めず「否認」し、世間体を取り繕って「隠蔽(いんぺい)」します。著者は、この心理を徹底してえぐる。引きこもり問題は、子どもと同時に、この親の凝り固まった心の動きを解きほぐすことが必要だと突きつけます。

 そして、人間の硬い心のしこりを解かすものは結局、対話しかないことも林さんは描くのです。

 今日はお菓子でも買って帰り、家族と話でもしてみようか。ふと、キリン心に思ったのでした。(キリンなのにお菓子? なんて突っ込まないでね)。

難しい子どもと父親の関係

朝井リョウ『正欲』
朝井リョウ『正欲』

 小説について、原稿書くのは大変だなー。だって自分が感動した作品を読んだら、結局、言いたいことは、すばらしかったってことだけじゃないか。

 朝井リョウさんの『正欲』(新潮社)は、問題作だって話題を呼んでいるようです(新潮社の本が続いちゃったけど、たまたまだよ)。高校を舞台にしたデビュー作『桐島、部活やめるってよ』に始まって、就職活動に悩む大学生の群像を描く『何者』など、朝井さんの小説は物語の王道を行くイメージがありましたが、この作品は、人間のかなり深いどろどろとした場所を見つめた小説のようです。

 「性欲」ならぬ『正欲』と銘打つことから想像がつくように、この物語は、人間の「欲望」をテーマにした長編です。不登校の子どもを持つ検事の啓喜、寝具店で働く夏月、学園祭の実行委員を務める大学生の八重子。この3人の人生が絡み合いながら、人間の欲望とは「マジョリティー/マイノリティー」といった線で区切れるものなのかどうかを問うていきます。

 ある怒りに突き動かされて書き進められているのではないかとさえ感じる長編です。

 前置きが長くなってしまいました。ただ僕の心に深く残ったのは、物語全体の流れと同時に、検事の啓喜と不登校の息子との関係なのです。不登校になった息子は、インターネットの小学生インフルエンサーに影響を受け、次第にユーチューバーのようなことを始めます。視聴者から動画の感想をもらえば、子どもにとって励みにもなるでしょう。でも、ネットの世界は危険に満ちていて、親から見れば危なっかしくて仕方がありません。

 このとき、父親の啓喜が取る行動は――。この場面を読んだとき、思わす林さんの『小説8050』のことが、ふと頭をよぎりました。

 普段、仕事を持って子どもと一緒にいる時間が短い父親は、子どもが危機に陥ったとき、子どもの抱えている真の問題から目をそむけ、愛情と変に絡み合って、自分にとっての理想や常識を押しつけてしまいがちです。それは、子どもを導く教育なのか、それとも、年長者の暴力なのでしょうか。

 気がつけば、原稿が、随分長くなってしまいました。優れた小説とは、読み始めたら、ストーリーから離れて自分の想像が勝手に膨らんでしまうもののようです。林さん、朝井さん、さすがだなー。

近未来の日本を舞台に

平野啓一郎『本心』
平野啓一郎『本心』

 やはり家族のことって、みんな悩んでいるのでしょうか。平野啓一郎さんの『本心』(文芸春秋)も、母親のことや人とのつながりを大きなテーマとした物語です。

 舞台は、安楽死ならぬ「自由死」が合法化された近未来の日本。初老の年齢に差し掛かった母親がある日突然、「自由死」を望むようになった。母の死後、一人で取り残された主人公の朔也は、最新の技術を使ったVF(バーチャル・フィギュア)を使って生前の母の姿を再生させます。なぜ母は自分を残し、死へと向かったのか「本心」を探ろうとするのです。

 バーチャルの世界が限りなく発展し、その人と同じように世の中の物事に反応し、声を発する物体が作れるようになったとします。その場合、モデルの人間が肉体的に死んだとしても、精神としては生きていることと同じになるのでしょうか。つまり、人間の生は、ある意味、永遠に存在することになるのか。ノーベル文学賞を受賞した日本生まれの英国の作家、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』(早川書房)と響き合うようなテーマをここに見いだす読者もいるかもしれません。

 SFの要素を取り入れた作品は現在、世界的に話題を呼んでいます。現代の作家たちは、意識的なのか無意識的なのか、人間と科学の問題や揺らぐ生と死の関係に、現代社会の急所のようなものがあると感じ取っているのではないでしょうか。

 一方で、平野さんの作品はこれだけの言葉で、簡単に要約できないのが魅力なのです。母親と息子というウェットな関係、拡大していく格差社会、新しい人間の結びつき、文学作品が人に与えるもの……。現代人ならば気にかけずにはいられないありとあらゆるものが、物語の中に投げ込まれ、それが一つの物語として紡ぎ出されていることに驚かされるでしょう。つまり、朔也という人間が生温かな体温をもって確かに息づいています。

 普段はひっそり暮らしているキリンのはずなのに、何だかおしゃべりが止まらなくなってしまいました。すばらしい本って、人を 饒舌(じょうぜつ) にさせると思いませんか。それでは、わたくしおじキリン、これからも時々、本よみうり堂にあらわれます。ご意見、ご感想、なんならファンレターも大歓迎。またねっ!!

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2136787 0 コラム 2021/06/20 05:00:00 2021/06/20 05:00:00 林真理子『小説8050』 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210616-OYT8I50074-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)