[現代×文芸 名著60]心に触れる<12>恋の信念 しずかな狂気…『神様のボート』江國香織著
メモ入力
-最大400文字まで
完了しました

平成は、日本の同時代作家の作品が世界で広く翻訳された時代だった。とりわけ韓国や中国など近隣諸国での支持は厚く、平成元年、初の短編集『つめたいよるに』を刊行し、本格的な活動を始めた江國香織は、しなやかな文章でいざなう独特な世界をもって若い女性を中心に人気を博している。
ピアノの音色とコーヒーの香り漂うこの作品は、江國の魅力を存分に楽しめる代表作のひとつ。
音大でピアノを専攻し、卒業後、指導教官の桃井先生と結婚した葉子は、二三歳の時に出会った「あのひと」と「骨ごと溶けるような恋」をする。そして「必ず戻ってくる」という言葉を残して消えた男を、二人の愛の結晶である娘草子と待ちながら、町から町へと引越しを繰り返す。「あのひとのいない場所にはなじむわけにいかない」からだ。
物語は母と娘の一人称が切り替わって進んでいく。そして小学校四年だった娘は高校生にまで成長し、誰も寄せ付けない「旅がらす」のような母の世界に
母娘の間に生じる切ない感情のズレや、二人のごく平凡な日常が無駄のない文章で丁寧に描かれ、浮遊した物語の世界へすっと入っていくことができる。
「恋をするということは神様のボートにのるようなもの」と語る葉子。恋とは自分を差し出すもの、と改めて考えさせる。恋に対する揺るぎない信念と運命の人への