[現代×文芸 名著60]心に触れる<13>青春の匂い 裏に薄暗さと毒…『蹴りたい背中』綿矢りさ著

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◎2003年刊。現在は、河出文庫(450円)。
◎2003年刊。現在は、河出文庫(450円)。

 『りたい背中』が芥川賞に決まったのは二〇〇四年。著者の綿矢りさは史上最年少の十九歳だった。

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 今読み返しても圧倒的な作品である。世界を新鮮に切り取る言葉が次々に繰り出され、今ここに新しい人がいる、新しい視点がある、と感じさせる。何より、男の理屈が支配してきた近現代文学にこれまでにない柔らかさを持ち込み、いい意味での「へそ曲がり」を表現した功績は大きい。その後の女性作家たちの活躍の先陣を切ったのは間違いない。

 主人公の女子高生長谷川は『人間失格』の主人公を思わせる自意識の持ち主。自分と周囲をしっかり観察しては鋭くその欺瞞ぎまんをとらえる。友達が少ないのは、「人をえらんで」付き合っているからだという。

 もう一方のにな川は、一風変わったオタク男子。女性タレントに自己を投影し、女性誌や香水をためこんでいる。タレントの顔と、幼女の裸体とをつなぎあわせた写真を作っているといったエピソードは、少々禍々まがまがしい。

 長谷川はそんなにな川に奇妙な感情を抱くようになる。「この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。痛がるにな川を見たい」というのだ。陸上部のランナーである長谷川の脚は「ごぼう」。しかし、武器にもセンサーにもなるそんな脚が、展開の中で少しずつ意味を変え、最後、そのつま先ににな川の視線を感じた長谷川は静かな興奮をおぼえる。青春のにおいがたっぷり。しかし、その裏側に甘くもさわやかでもない薄暗さと毒がある。

 昭和から平成にかけ、文体で書く作家は減った。文章が連続的な線の力を生むよりも、面を覆うようにして個々の言葉が輝きを持つ。本作も、不協和音を混じらせながら瞬発力で読ませる作品なのである。(阿部公彦、英文学者)

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