[現代×文芸 名著60]言葉を楽しむ<17>人間の定義揺らぐ未来…『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美著

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2016年刊、講談社(1500円)
2016年刊、講談社(1500円)

 何かが起きてしまったあとの世界だ。何かが終わってしまって、その以前には戻れなくなった世界。そんな世界の端々で起こることが、点景のように描かれていく。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 未来の話である。たぶん。人類はいまここにある人類とはずいぶん違っていて、動物由来であったり、工場で作られたり、女ばかりが生まれたり、たくさんの母たちがいたりする。連作風の作品の、一話ごとに語り口の変わる物語はときに淡々と、静かに降り続ける雨のような諦念に浸されている。それなのに、懐かしい。人間であることの定義が揺らぐとき、生き物としての手触りと、ほとんど原初的な希求ばかりが切ないほどにき出しになる。湯あみに行くとき薄い着物を透かしてあらわになる肌、おおきな母の唇のぬくもり、そして生殖のためのいとなみ。

 感情もまたそうだ。裏切りや憎しみといったものも、素のままに、ふいに示される。人間とは、こうしたものだったと思い知らされる。

 見守り、突然変異体、目が三つある種族、合成代謝をする種族。詩か、あるいは謎のように置かれていったエピソードたちが、幾つもの木の葉を辿たどった先で行きつく巨大な幹のように、はるかな時間を遡る、とてもおおきな流れをかたちづくっていく。後戻りのできない、その出来事。いったい何があったのか、終盤で明かされるそれは思いがけないと同時に、今後訪れるかもしれない未来をも予見させる。そしてたくさんの女たちの系譜に連なる、ひとりの少女。物語は回帰する。彼女の作る箱庭の一角に、わたしたちの住む場所もまたあるのかもしれないと思うとき、殺伐としたこの世界が、ほんの少し、けれど確かに、いとおしく感じられる。(谷崎由依・作家)

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