[現代×文芸 名著60]言葉を楽しむ<22>絶えざる更新の感覚…『地鳴き、小鳥みたいな』保坂和志著

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◎2016年刊、講談社(1500円)
◎2016年刊、講談社(1500円)

 作家が好んで読む作家。保坂和志にはそんな形容がついて回る。何の変哲もなさそうな設定でも、この作家の手にかかると何だか奇妙な世界が生まれ出す。小説というジャンルの一番奥にある、薄暗い秘密に手を触れるような文章なのだ。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 四つの短篇たんぺんをおさめた本書では、身辺雑記風のタッチで老作家の訃報ふほう、山梨の大雪、自身の骨折、猫の病気、カルチャーセンターでの勤務経験といった話題が取り上げられる。つい、そこに「事実」を読みたくなる。語り手の「私」も作家自身と重なる。

 しかし、ここにはエッセイや記事とは違う、特有の空気がある。事実を映すと思えた文章はするすると崩れ、私たちが読んだのが「事実」ではなく、あくまで「文章」だったとわかる。微妙に気持ち悪いけれど、だからこそ刺激的なのだ。

 話は脱線しがちだ。思いがけないところで唐突な笑い。かと思うと、語り手が滔々とうとうと熱弁をふるう。日本語が微妙に変で戸惑うこともある。「私は……」という表現が幾度も出てきて、通常の日本語の作法とはちがうようだ。まるで、そのたびに新しい「私」が出てきて、新しい視点が導き込まれるかのよう。

 エッセイ集『試行錯誤に漂う』で保坂は、小説的体験とは「書かれつつある時間の中に身を任せること」だと説明する。絶えざる更新の感覚の中で、どうということのないドライブの風景も朦朧もうろうとした神話のように見えてくる。この試みの背後には自己陶酔やノスタルジアへの抵抗がある。「私」への執着から自由になりたい。どこか緩いおかしみも、自己愛を抑える禁欲とセットになっている。

 保坂が心酔したのは小島信夫。静かな風情なのに、読めば読むほど目が回るのは二人に共通する作品世界だ。(阿部公彦・英文学者)

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