[現代×文芸 名著60]言葉を楽しむ<23>読者の権力 明るみに出す…『朝のガスパール』 筒井康隆著

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◎1992年刊、朝日新聞社。現在は出版芸術社(2800円)。
◎1992年刊、朝日新聞社。現在は出版芸術社(2800円)。

 本作はまだインターネットが普及する前の、1991年秋から半年間にわたって連載された新聞小説だ。しかし並行してパソコン通信でチャットルームを開設、投書もあわせて読者の意見を募って、リアルタイムで物語に反映しようとした実験小説でもある。

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 内容は混み入っている。貴野原征三は一流企業の重役だが、業務そっちのけで精妙なオンラインゲームに興じている。妻の聡子は投資に夢中で、やはりパソコンにはりついている。そこにゲームの世界、そしてその物語を新聞連載している作家櫟沢くぬぎざわがいる世界も描かれる。後半になるにつれて世界の壁が壊れ、小説はますます混沌こんとんとしていく。

 本作は、匿名掲示板の書きこみを元にした2004年の『電車男』のような作品を先取りしているが、逆に言えば、ネット関係のしかけはやや古びているともとれる。では、本書をいま読む意義とは何か。

 うわべの実験性に隠れて、著者の真の狙いはおそらく、読者に光をあてることにあったのだろう。読者は安全地帯から作者を罵倒し、作品を腐す。媒体は忖度そんたくし、内容や表現に干渉する。櫟沢は読者の声に押され、登場人物を事故で殺してしまう。恐るべき読者の権力を明るみに出すには全国紙の紙面が必要だったのだ。

 筒井自身、のちに表現が差別的だという抗議をうけて断筆しているが、読み手の権力はネット社会の発達とともに異常に強まった。自分たちの気に食わない事象があれば集団でたたいて炎上させ、圧力を加える。彼らが恐れるのは、匿名性を剥奪はくだつされ、さらされることだ。だからこそ櫟沢=筒井は執拗しつように彼らに言及することでその存在を小説の中に引きずりこもうとする。本作の今なお色あせない前衛性はその点にこそある。(秋草俊一郎・比較文学者)

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