[現代×文芸 名著60]言葉を楽しむ<24>かすめ取られ すり返す貧者…『掏摸(スリ)』中村文則著

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

◎2009年刊。現在は河出文庫(470円)。
◎2009年刊。現在は河出文庫(470円)。

 本作は計8回授賞が行われた大江健三郎賞、その第4回目の受賞作である。数ある文学賞の中でも極めて個性的な賞だった。存命のノーベル賞作家が一人で選考し、受賞作には「海外への翻訳」という特典が付与される。なまじ国内市場規模が大きいだけに、各産業で「ガラパゴス化」と揶揄やゆされる状況に陥ることが多い。「都市生活者の中の新たな貧者」を描いた本作が、極めて限定された時期に存在した賞に見出みいだされ、海外へと翻訳され広く読まれたことは、21世紀の日本文学にとって大きな契機だった。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 諸説あるものの、世界最古の職業は「売春」であるというのは有名な話だ。「掏摸」が二番目に古い職業だと語る本作の語り手、その彼自身が「掏摸」である。もちろん犯罪ではあるのだし、褒められたものではない。けれど、古くから続く職業なのだ、人間社会が成り立てば、その人波を縫う「掏摸」が必ず発生してきたということだろう。石川五右衛門の例を顧みるまでもなく、富裕者を対象にした盗人に義賊を期待するのはなぜだろう? もしかしたら大衆もまた、自分たちが生活をする中で体制から何かをかすめ取られているという実感があるからかもしれない。日々の生活に忙しく、不安にまみれ、それでも生活を営む中で、かすめ取られていく何か。社会の影の部分を押し付けられる貧者は、その何かを掏摸返す者にふさわしい。

 格差が生まれ、貧者は最古の職業に就く。野生動物が戦うすべをなくすと死んでいくように、鋭さや美しさ、若さを失った彼らはただ干からびていくのが運命なのか? 運命そのものを名乗る男は「掏摸」にさらなる試練を与える。それは太古でも現代でも変わらない「世界」という名の閉塞へいそくだ。その閉じた暗がりで、語り手の目がくらく光っている。(上田岳弘・作家)

スクラップは会員限定です

使い方
「エンタメ・文化」の最新記事一覧
890609 0 特集 2019/11/10 05:00:00 2021/04/08 17:37:07 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191109-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)