[現代×文芸 名著60]社会と接する<33>老いの現実 三世代物語…『母の遺産―新聞小説』水村美苗著

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◎2012年刊、現在は中公文庫(上・下各700円)。
◎2012年刊、現在は中公文庫(上・下各700円)。

 「それで(老人ホームの)『ゴールデン』からはいくらぐらい戻ってくるの?」

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 息を引き取って間もない母の残した遺産について姉妹が交わす現実的な会話で小説は始まる。

 日本は世界有数の長寿大国。平均寿命は半世紀で10年以上延び、高齢者の割合も記録更新が続く。家族や社会の在り方も変わるなか、人生をどう歩み、その終焉しゅうえんをどう迎え、支えるべきか。多くの人が抱える問いに、本作は三世代の物語を紡ぎながら向き合う。

 母親の介護、夫の不倫、自らの老い。様々な問題に一度に直面した「五十女」の美津紀の母親に対する感情は複雑だ。幼少期の姉妹間の不平等な扱いや「老人病院」に見捨てられた父の記憶がしこりを残す。それでも、入院中の母の元に献身的に通い、絶え間ない要求に応え続ける。「もう疲れちゃった」と繰り返す母には「あたしもよ」と返せずにいるが、家でひとり「ママ、いつになったら死んでくれるの?」と問う。

 遺産や離婚後の財産分与額、ライフステージに合わせて変わるマンションの平米数、葬儀屋の料金メニューなど、細かく記される数字も中産階級の老いのリアリティーを感じさせる。

 明治時代に新聞連載された尾崎紅葉の小説『金色夜叉』が重要な役割を担う本作も2010年から11年にかけて本紙で連載された。単行本で500ページ以上ある大作だが、66の短い章と新聞小説らしく開かれた文体、抑揚のある物語展開が読者を結末へといざなう。

 そのラストは、文庫化の際に若干書き直されている。人生はコントロールできないことも多い。でも自らの最終章は書き換えられる部分もある。そんな前向きなメッセージとして受け取るのは希望的観測が過ぎるだろうか。

 (辛島デイヴィッド・翻訳家、作家)

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